小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

 何言ってるの? という顔でマッチ売りの少女が首をかしげる。Kがまとめる前に閻魔がその意を汲んで整理した。
「地獄のプログラムでは更生させられない、そもそも更生するほど曲っていない。そういうことだな」
「ふふふ。そのとうりです。ここで地獄に送っても、もともと一人で立ち回る気性ゆえ更生には至りません。自由を欲するのは悪ではないのです。ならば天国で真の自由が得られた時、彼女が何をするか。試してみても悪くはない。」
「でも、罰は更生のためだけにあるものではありませんわ」
 生まれながらの罪――原罪に敷かれるキリスト教派のジュリエットが意見する。
「罪の意識、償いの意識がおおもとの人間の謙虚さや教養を生むのですわ。罰は罪の償いだけではなく、罪を犯さないために知っておくべきことですわ」
「予防や抑止にもなる、ということだな」Kが腕組して頷く。
「あらぁ。それじゃあ、ジュリエットはやっぱり地獄行きだというのね」
「うッ……そうなってしまいますわね」
 うろたえるジュリエットの隣で、またも小さな手が上がる。 
「あの、おばちゃま。あたし思うんだけど」
「なあに、おじょうちゃん」
「さっき魔法使いさんはリスクの話をしたけど、先に万全の状態で魔法をかけて置いて、後で万事上手くいったら声をもらうんじゃだめだったの」
「……え?」
 少女が優しく微笑み……瞳が鋭く光る。
「だって、声も足もある方が人魚姫さんの目的が達成する可能性は高かったでしょう? 目的を達成した後で声をもらってもよかったんじゃない? そのほうが人魚姫さんも海の魔女さんも双方最大限の利益が得られてwin‐winの関係になるでしょう? その後の信頼関係も築けるし。ビジネスの基本よ」
 マッチをいかに売るのか。少女は天国で経済学を学んでいた。フェアな取引が長い目で見れば利益を生むことを知っているのだ。
「ま、魔法は経済とは違う視点で動いているのよお。お金では動かせない職人気質な取引きなの」
「シンデレラさんは無条件で魔法を受けたわ」
「その後王子様が選んでくれたのはシンデレラ自身の魅力よ」
「人魚姫はこの世で最も美しい声を持っていたわ。最大のアイデンティティを奪うことがフェアかしら。職人は仕事にプライドを持つわ。引き受けた以上最大限の仕事を心がけるものよ」

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