小説

『人魚姫裁判』柘榴木昴 (『閻魔大王』『人魚姫』他)

「……むしろアタシたちと交渉して、リスクを踏まえたうえで魔法を受けるあたり、覚悟も度胸もたいしたもんだわ。シンデレラと違って逞しいくらい。だから思うんだけど、やっぱり無鉄砲で無責任なことだと思うの。海の魔女から魔法の薬をもらう前に、李徴が言うように他に手だてがあったと思うの。お嬢ちゃんは貧困と無関心によって追い込まれた。でも人魚姫は自分で選んでリスクを取った。その責任は死んでも仕方ないくらいのリスクで、それもやっぱりわかっていた。その後、少なくともお姉さんたちは人魚姫の魔法を解くべく王子の血で足を洗えばいいと人魚姫に知らせているわね。それはやっぱり人魚姫が死んだら悲しいからよ。身勝手な行動で人を悲しませたことになると思うの」
 少女もジュリエットも黙ってしまった。充分な時間を置いて閻魔が問う。
「では、魔法使いも地獄へ行くべきだということだね?」
「ええまあ……でも、本人もつらい思いはしているのだから、情状酌量の余地はあっていいと思うんだけど」
「ふむ。ではイカロス、君はどうだ。ここまでの意見を踏まえても踏まえなくても構わない」
 まだ発言していない男に目をやる。体つきの良い、イカロスと呼ばれた金髪の青年が顔を挙げる。蝋でできた羽で太陽を目指し、そのおごりが神の怒りにふれ羽を溶かされ海に落ちた若者。そのごつい羽根は壁に立てかけてあった。邪魔なんだろうなとみんな口に出さないがちらりと見た。
「自由なんだ」
 は? と隣のジュリエットがいぶかしむ。
「自由になりたかったんだ、人魚姫も。だからあんな無茶をした」
「論点がズレているぞ」李徴が突っ込む。
「いいえ。ズレてなどいない。そもそも罰とはなんだ。制限させることだろう」
「イカロス、何の話だ」Kも突っ込む。
「罰とは自由を奪うことだ。それは何の解決にもならない」
「あの、イカロスさん?」魔法使いも戸惑っていた。
「ふむ、罰の効果の点で意見を言おうというんだな」
 閻魔だけは真意を悟ったようだった。イカロスは当時の王の不興を塔に幽閉されたのだ。それも父の罪の巻き添えになった形だった。故に罰に対して意味を深く考えているのだろう。
「ふふふ。地獄の罰が如何様なものでも、私のように自由を求めるものには無意味。人魚姫もまた、恋の自由と死を同じように天秤にかけたのです。ここで地獄に送ったところで反省などせずにひと暴れすることでしょう。生前の行為には、曇りも悪意もないのです。無知ではあったかもしれない。しかし無知は罪ではない。幼子はリンゴと金貨でリンゴを選ぶ。彼女もまた、恋と自身の命で恋を選んだ。ジュリエット嬢はまだロミオ氏の罪や、れっきとした自害の自覚があるが人魚姫にはそれはない。命は恋の代償でありその中には周りの悲しみや失意も含まれているのでしょう。魔女の力は彼女自身が選んだ選択かもしれないが、彼女を縛っていたものは確かに海の法であり周りの者たちだ。悲しみがあるというのなら海の法の狭さを恨めばいい。人魚姫が死に至った理由は失恋であり環境であり未熟さなのだが、そこに悪意はない。マッチ売りの少女やシンデレラのように清らかではないにせよ、嘘はないのだ。ならば、地獄の業火が何の役に立ちましょう。悪行を滅すべし炎が何を焦がしましょう」

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