「わたし、他にできることありませんでした。寒いしお金ないし、マッチしかなかったからそれを売ったらお金になるかなって。人魚姫さんも、他にできる事がなかったのかもしれません。だとしたらしょうがない結果だったと思う。他にどうにもならなかったんだと思うんです。この『えんまちょう』には善い行いと悪い行いが全部書かれているけれど、家族と仲が良かったとか、人間に憧れていたとかは書いてません。人魚姫さんがどういうところで生活してきたかもわからないんです。でも、悲しい思いをした事だけはわかります。悪い魔女に声を奪われたこと、王子にナイフを刺せなかったこと、わかっていて海の泡に消えたこと。そういうのって優しくないとできないと思うんです。私も何にもできなかったけど、おばあちゃんが天国に連れてきてくれました。わたしはマッチもろくに売ることができないけど、悪いことしなかったから。じゃあ人魚姫さんも直接は悪い事してないんだから天国でもいいと思うんです」
なるほど、とKが整理する。
「人魚姫の生育環境が報告されていないために人格に至っては判断しきれない。人間関係が分からない以上死んだあと家族が悲嘆にくれたかはわからないという事か」
どうやらKの発言した「多くの人に失意と悲しみを与えた」という点に関しても反論がされているとみなしたらしい。
ゆっくりと手が上がる。少女の対角線に座っている恰幅のよいマダムだ。三角帽をかぶり杖が机に立てかけてある。伸びのあるトーンで話しだす。
「かわいい。本当にかわいいお嬢ちゃんだわぁ。ああ、アタシは魔法使いです。随分と昔にシンデレラという女性にちょっとした魔法を使ったの。そしてシンデレラは王子様と結ばれたわ。ちょうど人魚姫とは逆の結果ね。でもねぇ」
慈しむようにマッチ売りの少女を見つめる。
「シンデレラは本当に、あなたのように清らかでまっすぐな女性でした。落ちぶれても一生懸命働いて、ネズミを前に美しく歌い、花を前にやさしく笑うそういう女性だったわぁ。だからアタシも魔法を使った。でも人魚姫は幾分したたかな女……計算していたと思うの。なぜって自ら取引を持ち掛けたのよ。それも魔法使いにねぇ。それに私はわかるの。海の魔女、知らない魔法使いじゃないわ。この世界も広いようで狭いから。決して悪い魔女ではなかった。魔法の研究に余念がなく、正当に魔法を使うという評判だった。短時間ねずみを馬にしたりかぼちゃを馬車にするよりも、生きものの一部を時限無く作り変える魔法は本当に大変で難しいものよ。声を引き換えにしたり、願望が叶わなかったら失意のために魔法が死という形で跳ね返ってくることは当然なの。決して騙したわけじゃないわ。むしろちゃんと危険な事を説明しているの。そこだけはわかってちょうだい。」
こくん、と少女は頷いた。魔法使いは続ける。