ぼんやりとしている私の頭にやたらと元気な声が響く。「おはよう。いつも元気だよねほんと。ちょっと友達と約束があって」わざと少し迷惑そうに言ってみる。いつものことだがこのキンキンと高い声を朝から聞くのはなかなか慣れない。
「あ、さてはデート?」好奇心をむき出しにしたその眼は爛々と輝いていた。これ以上の詮索を避けるために、私は話題を無理矢理そらした。
「あ、ねえ、聞いて。あのね、私最近、よく同じ夢をみるの」
ふうん。なあに、それどんな夢?ちょっと興がそがれたけどまあ良いか、と言わんばかりの声に私はぼんやりと答える。
「何かわからないけど、大きなものに追いかけられてて逃げたいのに、上手く走れないの。で、やばい、捕まるってところで自分は飛べることに気が付くわけ」
なにそれステキ夢っぽい、というリアクションを横目で感じながら私は続ける。
「そう。ピューって。自分の下にはたぶんあれ知らない町、でも町が広がってて、人間が砂粒くらいの大きさに見えるの」
興奮気味に話し終えると、いつのまにか私は自分の世界に入っていしまっていたらしく、
「夢ってよく空飛ぶよね」
という私の夢話をやや強引に締めくくった彼女の言葉が少し冷めていることに気が付いて私は一人で小さく反省した。
待ち合わせは十時・・・よし、間に合う。ちょっときばりすぎたかな。私は普段使わない香水を適量が分からず浴びるようにふりかけてきたコートの匂いをかいだ。もはやよくわからないがきっと彼ならおしゃれをしてきた努力を認めてくれるだろう。プレゼントも用意したしディナーのレストランも少し高かったけど予約してしまった。他のカップルはプレゼントも予約も彼氏がするらしいけど、私はそんなの知らない。あげたいものがある方がプレゼントなんていつだって用意すればいいし、行きたいお店があれば自分で予約を取るなんて当たり前なのではないか。世の中のカップル狂ってる。うふふ。
私が十時十分前に待ち合わせ場所に着いた時、そこにはもう彼の姿があった。遠くからでもわかる彼。スラリと背が高くて、スタイルがよくて、色白で、赤茶色の髪色。スッと鼻が高くて目はかわいい奥二重で少年っぽさが残る顔立ちで・・・なんてそこまでは遠くからはわからないが、彼を見つけた時私は思わず走り出した。結構な距離があったけど私は走った。途中であ、飛んだ方が早いかもって思ってあ、それは夢の中だけだったわ、なんて変なことを考えるくらい私は浮かれていた。
最後のデザートまで食べ終わって二人して温かい飲み物をすすりながら、私はこのお店にして正解だった、と心の中でガッツポーズをした。彼も満足げだ。そんな彼の目元がふっと緩んだのに気が付いて私が不思議そうな顔をすると、「いや」とカップに口だけつけて彼は言葉を濁した。え、ここにきてまさか、食事がまずかった…?怪訝そうな表情になる私を見かねてか彼が、
「いや、待ち合わせの時に、君がすごい勢いで走ってきた姿が…今にも飛びそうで。その、なんていうか、超面白くて…いやめっちゃ可愛くて、思い出して思わず吹いちゃった」