小説

『夢をみる』モエコオオツカ(『胡蝶の夢』)

 私は可愛いと言われたことが嬉しくて、ついつい、「最近よく同じ空飛ぶ夢みるからいけるかなーなんて思っちゃった」と余計なことを口走ってしまった。言ってからメルヘンチックな変な奴だと思われたらどうしよう、と思ったが「同じ夢?」という意外と興味ありげな彼の反応に私は驚いた。
「あ、う、うん。最近、よく同じ夢をみるの。何かわからないけど、大きなものに追いかけられてて逃げたいのに、上手く走れないの。で、やばい、捕まるってところで自分は飛べることに気が付くの」
「危機一髪!」
「そう!ピューって飛べるの。自分の下にはたぶんあれ知らない町、でも町が広がってて、人間が砂粒くらいの大きさに見えるの」
 興奮気味に話す私に彼は「夢らしい夢だね」と無難な感想を言い、カップに口をつけて一口すすった。
「でも、さっきの君は本当に飛びそうな勢いだったよ」
 口元に笑みを浮かべながら楽しそうに言う彼に私は本当に飛べたらいつでも会いに行けるのに、なんて思ったりした。

 最近、よく同じ夢をみる。よく考えてみたら、前から同じ夢を見続けているような気がする。私はそれがずっと不思議だったけど、なぜかわかった。それは私が寝る前に夢のことを思い出すからだと思う。また空が飛びたいな、また同じ夢が見れたらな、と考えながら眠りにつくからではないだろうか。でもさすがにこれだけ毎日同じ夢をみるのはちょっと気持ち悪い。今日は一日のことを思い出しながら寝よう。そしたら違う夢がみられるかもしれない、そう思って私は布団に入った。

 今日は…そう、八時に起きたっけ。で、ご飯を食べてごみを出して。あれ、朝ごはん何だったけ。思い出せないや。ま、いいか。あれ、私どうしてごみなんて出したんだろう。あそこはカラスがいるから怖いのに。あ、そうか、頼まれたんだっけ。あれ、誰に頼まれたんだっけ。思い出せないや。うーん。あ、それで道で声をかけられたっけ。あれ、誰に声かけられたんだ?あ!そう!あの甲高い声の…あれ?ま、いいか。一番はデートがメインだもん。うふふ。楽しかったな。十時に待ち合わせてディナーして…あれ、ディナーまでの間何してたんだっけ。うーん、思い出せないや。でもいいの、彼も喜んでくれてたみたいだし…彼…名前なんだっけ?あれ?うーん、ど忘れ。おいしかったなー、特に、特に、特に…?私たち最後に何飲んだんだっけ?あ、でも可愛いって言われたのは覚えてる、うふふ。いろんなことがあったけど、おやすみ、私。…私…私の…名前…なんだっけ?…ま、いいか。うふふ。おやすみ。

 
 最近、よく同じ夢をみる。

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