小説

『VR恋愛住宅』柿沼雅美(『恋愛曲線』)

 ただの映像。その通りだ。ただ目の前に、現実に見えても現実でない世界ができてそのなかにいられる。それだけだ。だけど、その効果はもはや絶大で、行けるはずのない極地に行くことができたり、亡くなった人との生活をVRでできるようになったために一日中ヘッドセットをつけっぱなしの人がいたり、もはや戦争はロボット対ロボットであるのに銃を持ちたい人がVRの中で人を殺し、VRを外しても殺意がおさまらなかったり。
 それでも逆に、殺意をVRで消化できたり、勉強も仕事もVRのなかで出来たり、体が不自由でもVRの中では自由に動き回ることができたり。子供は受精でできるからセックスはVRで好みの子と好きなことだけ好きなだけできるようになって、死にいくときに一番好きな景色を見て息をひきとることができるようになったり。
 どっちがいいんだろう。
 この世界は一体どっちへ向かっていって、私たちは何に飲み込まれて順応していくんだろう、と先の見えない不安を感じた。
 不安を払拭するように、私は彼の背後に行って、そっと彼に手をまわした。 
 彼は、どうしたの急に、と言って私を見下ろして、パスタできてたよ、とのんきな顔をした。
 急に、これが病院で恋愛曲線を作り上げたカップルだったら、心の内まで察して抱きしめてくれたりするんだろうか、と思った。
 私たちは、完璧じゃない。綺麗な恋愛曲線を描いていられるのは今だけで、ある日突然ウソ発見器の針のように一点が狂ってしまうかもしれないし、お互いの谷と山が一致しなくなる可能性は高い。病院カップルの人たちと比べて崩れやすいかもしれない。
 明日病院で恋愛曲線を作ってもらおう、と言いかけて、私たちが遺伝子的にマッチしているとは限らない、とも思いついた。彼にとって私は、私にとって彼は、本当に綺麗な恋愛曲線ができる相手なのだろうか。こんなに好きなのに。
 そんなことを思いながら彼を見上げていると、疲れてるんならあとでVRでハワイにでも行こう、と的外れなことをへらっとして言った。
 私はもう考えたくなくて、そうだねそうしようー! と腕を上げて喜んで見せた。
 キッチンシステムが調理してくれたパスタは、VRで見て気に入ったものそのものだった。パスタの皿を両手で運ぶ彼の背中が少しずつ離れていった。

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