小説

『VR恋愛住宅』柿沼雅美(『恋愛曲線』)

「いや、でもほんといい時代なんだと思うよ。私みたいにわざわざ恋愛を経なくても結婚できるわけだし、偏見もないし、人工授精が発達して出生率が下がり続けることもないしね」
 たしかに! と美嘉がぐぐっとビールでも飲む様にカフェモカを飲み干した。
「私もそろそろ病院行ってみよっかなー。で、完璧な恋愛曲線作れる人と出逢って、先輩みたいに最新マンションに住みたいです。そしたら安心して子供お願いできるし」
「まぁ美嘉ちゃんの言う通りってわけじゃないけど、今のマンション、子供用学習VRも最新だし、しばらくは設備投資しなくて済みそうだし、よかったのかな」
「よかったのかなじゃないですよー、最高じゃないですかー」
 そうかなぁ、うん、そっか、と私が言うと、高望みしすぎですよぅ、と美嘉が酔っぱらってもいないのにかわいい上目遣いで私を見た。美嘉なら旧恋愛時代に生きててもこうやって恋愛曲線のマッチする相手を見つけられるんだろうと感じた。

 美嘉と別れ、駅からマンションまでの動く歩道に乗り、今日はキッチンシステムに名店のパスタを調理してもらおう、と思い、手のひらを4回ぎゅっと握って手のひらディスプレイを起動させた。パスタとトマト、ハーブ、玉ねぎなどを注文した。
 空を見上げると星がいくつか見えて、線で繋ぐように目で追うと、シリウス・リゲル・アルデバラン・カペラ・ポルックス・プロキオンが白く輝いて見えた。 
 冬のダイヤモンド、って前に私が言ったら、彼は冬の大三角形だよ、と言っていた。VRの教材の違いだろうか、値段ごとにランク付けされた教材のどれを使うかで学習内容が少し違うのかもしれない、とその時に思った。
 おばあちゃんは、子供がいい学校に行けるかどうかを心配しながら学費のために働いていた、と言っていたけれど、私はこれから出来るだろう子供にどんなVRを与えてあげられるかを心配しなければならないのかもしれない。
 マンションのエントランスで、目玉をかざし、ドアを開ける。透明なガラスに囲われた空間に乗り込むと部屋のある5階まで運んでくれ、ガラス空間を出ると玄関がドアを開けてくれる。
 「ただいまー」
 中に入って靴をぬぐと、まだ新しい床板がクッションのように心地良い。
 「おかえり。俺も今帰ってきたところなんだけど、玄関にこれ置いてあった。今日トマトパスタ作るの?」
 シャワーを浴びていたのかハーフパンツに上半身裸で出迎えてくれた。
 「うん、違うのがいい?」
 「いいよいいよ。適当にパスタと野菜、システムにセットしちゃおうかと思ってたところ」
 「適当にセットしたって美味しく作ってくれるから大丈夫だよ」
 「だよね」

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