小説

『冷蔵庫の中の女』洗い熊Q(『雪女』)

 彼女は軽く髪を吹き終えると、首にまとわりついた髪を解くように首を振った。茶色い豊かな髪が、ふわりと浮かび背中に落ち着く。部屋が暖かすぎるのだろうか、もう髪が乾いている。
 彼女は受け取った毛布を目の前に広げると、それをマントを翻すように頭から羽織り、全身を毛布で覆った。
 ほっかぶった毛布で顔も見えない。後ろから見ればその柄の雪だるまだ。
「……まだ寒いかな? もっと羽織る物が欲しい?」と僕は声を掛けた。
 毛布を被った頭が左右に振れた。無言のまま。
 ――怯えているのだろうか。
 一言も喋らない彼女を見てそう感じる。
 本当に感じた通りかも知れない。怖い経験をしてここに逃げて来たのかもと。
 僕の事も警戒してる? そうであるならば安心させなければ。
 僕はそれ以上、無理して声を掛けずに急いで台所へと向かった。そして手早くある物を用意する。
 用意した物を歩み寄って彼女の前に差し出した。
「これどうぞ、うち特製ココア。身体が温まるよ」
 僕の声掛けに彼女は振り向いてくれた。
 被った毛布の合間から白い頬の彼女の顔が垣間見る。幼い、黒い綺麗な瞳がこちらを見ている。
 ここに来て初めて彼女と目を合わせていた。
「結構、熱いから気をつけて。火傷しないで」と自分では出来る限りの優しい笑顔で、熱いココアの入ったマグカップを差し出した。
 一瞬、目が合って。恥じらうように彼女は頭を少し下げ視線を外す。
 そして小さく頷いて、マグカップを包み込むように両手で受け取ってくれる。渡す瞬間、触れ合った彼女の手はひんやりと冷たい。
 素直に受け取ってくれた事で僕は自然と安堵の溜息をついた。
「事情があって帰れないんなら、ここに泊まっていって大丈夫だよ。寝れる部屋があるから。あ、中から鍵が掛けられるから安心してね……もし相談に乗って欲しい事があるなら、出来うる限り協力するから」
 彼女はゆっくりと暖炉の方に向き直した。そしてこくりこくりと二三度頷いてくれていた。
 ――大丈夫かな、彼女。
 本当に助けが必要ならきっと言ってくれるだろう。それまでは無理に詮索するのはよそう。
 それからでも叔父や警察に電話するのも遅くはない。

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