小説

『蛍』菊野琴子(『金ちゃん蛍』与謝野晶子)

「三郎さん、何ですかこれは。神様に、お星様でももらってきたのですか」
「そんなに大きな物は持って帰れませんよ」
「それでは、洋燈(らんぷ)を借りてきたのですか」
「洋燈でも、こんなにたくさんは持ちきれませんねぇ。皆、お互いの姿を見てごらんなさい」
 そう言われてお互いの姿を見ますと、何ということでしょう。自分の体が、消えない花火のような美しい光を放っているではありませんか。
「ああ、なんてきれいなんだろう」
「きみもきれいだよ」
「きれいだなあ」
 皆がそうして喜んでおります中に、ただひとつだけ、泣き声が聞こえてきました。誰かがまだ棒を振ってもらっていないのかと探しますが、見つかりません。しばらくして、泣いているのは男の子だと気づきました。
「僕は、僕は、あ、あ、あ」
 蛍たちはたいへんおどろいて、皆で男の子の顔を覗き込みました。
「皆きれいだ。けれど、僕だけがきれいじゃない」
 静まりかえる蛍たちをかきわけて、金之助が男の子の前に行きました。
「よい、よい、よい」
 神様にいただいた棒を三回振ると、男の子の目が淡く光りました。
 川に映った自分の目を見て、男の子は思わず泣くのを忘れました。
 その優しい目に、優しい涙がいっぱいに広がって、そこに全ての蛍の光が映りこんで、それはそれはきれいなのでした。
「あなたがきれいなのは、あなたには見えない。私たちがきれいなのも、私たちには見えなかった。けれど、初めてあなたが教えてくれた。だから、今度は私たちがあなたに教えます」
 三郎の言葉は、男の子の心に触れました。光の雪のような蛍の群れは、男の子がふたたび優しく笑うその時まで、ずっとずっと男の子を包んでいました。

1 2 3