起きられなくなってから二カ月がたった。ようやく会社でも、進の遅刻癖が問題視されるようになった。まだ大きなトラブルには発展していないが、周囲に迷惑をかけていることには変わりない。ある日進は上司に呼び出されて、自宅待機を命じられた。しばらく休養しろと言われた。自分がいないと仕事がまわらないと訴えると、お前がいると迷惑なんだと言われた。
その晩、平日にもかかわらず茜が部屋に来た。例によって手料理を持っている。余計なことをするなと、壁にぶちまけてやった。茜はそれに腹を立てるでもなく、うなだれるばかりだった。
しかしそれ以上の衝動に身を任すことはできなかった。疲れ果てて、もう何もしたくはなかったのである。進は茜の存在を無視して、再びベッドに横たわった。茜が恐る恐る声をかけても、身動きひとつしなかった。
例によって翌朝も起き上がることができず、苛立と諦めが混濁するなかで進が身を起こしたのは昼過ぎだった。いつの間にか毛布がかけられていた。そしてベッドの脇では、膝を抱えて身を震わせる茜の姿があった。寒い思いをしながら、進が目を覚ますのを待っていたのだろう。その瞬間に、苛立など消え失せていた。後悔と諦念だけがあった。
ようやく進は、すべてを打ち明けた。体が動かなくなること、起きようとすればするほど、全身が硬直してしまうこと。会社もきっとクビになるだろう。この先どうすればいいか分らない。これ以上迷惑をかけられない。きっと俺はまたお前を殴ってしまうだろうし、俺もこれ以上堕ちたくはない。
「無理に動かなくたっていいの」
重ねた唇を離して、茜はそう言った。瞳が潤んでいた。
「私が全部、面倒見てあげるから。進は気にしないで、ずっと寝てたっていいの」
茜は進を柔らかく抱き締め、ベッドに寝かせた。幼子をいたわる母親のようだった。
気がつけば進の腹のうえで、快楽に浸る茜の姿があった。これまでの付き合いのなかで、こんな痴態を見たことはなかった。いつもは進が組敷くように、茜のうえに重なっていたのだ。
憐れむような目をしながら、その実、茜の瞳は恍惚に震えていた。進の体は、また動かなくなっていた。ヤドリバチに襲われた芋虫のようだった。茜の両手が、進の顔に伸びてきた。進は思わず目を閉じた。深い暗闇のなかで、彼は身動きもままならず、果てしなく続く鈍い快楽に押し流されるだけだった。