小説

『Boxes 』吉田大介(『浦島太郎』)

 ママとの会話が楽しくなってきた圭太は真剣に考え始める。まだ結婚してないし、子どももいずれ作らなければならないので下半身がしおれるのはまずい。しかし反対に上半身がよぼよぼ、顔が80歳のじいさんになっては彼女も見つからないだろう。これは究極の選択だ。いや、しかし下半身が元気ならまだまだ男として楽しめるな、じじいだってモテるやつはいるし、顔と身体のギャップが魅力になるかもな、などと馬鹿な考えを巡らせていると、
「はい、下半身だけおじいちゃんになる箱ね。これ持って早く帰った方がいいわよ」
「ちょっと待ってよ、ママ。乙姫さん。また来てね、とかはないの?」
 圭太がひきつった笑いを見せると、
「あなたはもうこの店には来られません。窓の外をごらんなさい。景色が変わってゆく・・・」
 ママが指した小窓を見ると、来店時とは何となく違った風景の気もしたが、そんなはずはない。ちょっと街路樹に雪が・・・
「え、雪?」
「雪じゃないわ。桜よ。そしてほら、花が散って緑に・・・そして、」
 バッ、と小窓に張り付いた葉はもはや紅葉したモミジであった。
「いや、あれ、マジでコレ?すごいクリスマスの仕込みだね」
 圭太はちょっと不思議な感覚となりママの表情をうかがうが、彼女の目は笑っていない。
「さあ、早く玉手箱をひとつ選んで!時が過ぎてゆく!」
 声色までそれっぽくなってきたママから目をそらし、腕時計を見る。さっきから10分も経っていない。
 ドーン、ドーン!
 外からトラック同士でもぶつかったかのような大きな音が2度した。
「戦争が始まり、そして終わった音よ・・・」
 ママが静かに言い目を伏せた。
「え?どっきりか何かのテレビ入ってるの?今、オレ録られてる?」
圭太はクリスマスツリーの裏側や天井の角など、きょろきょろと周囲を見回した。
「さあ、そんなことを言ってる暇はないわ。これにしなさい、コレ」
 白い箱を棚とは別のところから取り出してきたママ。
「特別な玉手箱よ。AIロボットになれるわ。絶対これにしなさい」
「わかった、わかった、それいただいて帰るよ」
 圭太は気味が悪くなり、白い箱を奪うようにひったくると、
「2万円よ!」
 ママが宝塚の男役のような声で後ろから告げた。

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