思わず力が入って、襖を開け過ぎてしまった。
暗い部屋に光が指す。中の様子が明らかになる。
衣笠、と蓼科が思った物体は、土に埋められようとしていた。顔は青白く、精気のかけらもない。開けっぱなしのその目はもう二度と何かを映すことはないのだろうと思われる。そしてその側には見覚えのある女の顔と見覚えのある女の後姿があった。
後ろ姿の女はゆっくりと振り向く。白い頬に垂れる黒い髪、赤い紅が裂けたように笑う口を彩る。
「おやおや、お客さん。見てしまいましたね。見るなと言ったのにねえ。」
蓼科は目の前で起きている出来事を必死で理解しようと試みた。
衣笠はおそらく死んでいる。そしてその横には瞳子があの浴衣を着て、泥と血で汚れている手を隠しながら、俯いている。そしてあの女主人が獣じみた顔でこちらに近づいている。
「お客さんの部屋は9月の部屋ですよ。もうしばらくお待ちいただかないと。ここは衣笠様に彩っていただく部屋なんですよ。衣笠様が沢山の花を咲かすんです。」
女の言っている事も、状況も結局は何も飲みこめはしなかったが、蓼科はただ、命の危険だけは察知していた。
蓼科は声にならない声をあげて脱兎の如くその場から逃げ出した。背後からは猫のうめき声のようなものが聞こえるが、振り向いている余裕などはない。門を出て、店を出る。
誰かに助けを求めようと、人通りの多い方へ進み、声をあげる。
道を行き交う人々は蓼科を見て動きを止める。誰もかれも目を見開いて、瞳孔が平たくなる。蓼科は息を飲んだ。辺りに猫の唸り声のようなものが響きわたる。
「なんだ、これは・・・。」
蓼科が瞬きをすると、町から人は消え、襤褸を纏ったかかしの群れと、廃屋、そしてたくさんの猫たちが蓼科を見つめていた。
猫達が怒号に近い声をあげ、かかし達ががくがくと動きだし、蓼科に向かってきた。
蓼科は自分でも何を叫んでいるか分からない声をあげ一目散に逃げた。後ろを振り向かずに、赤い橋を渡り、木々が覆う道を駆けおり、ただひたすら走った。
赤い鳥居の前まで来ると、蓼科は足を止めざるを得なかった。
猫でもかかしでもない、人間がそこに立っていた。その姿に、目を疑う。
「衣笠・・・。」