小説

『Cinderella shoes』植木天洋(『シンデレラ』)

「いいって」
 押しつけがましくなく、無邪気に彼は誉めてくれる。
「ちょっと他のも見る」
「見る? うん」
 彼はなんということもなく、次の候補を探し始める。
 私も棚に並ぶ靴を眺めながら、赤いエナメルブーツを思い出す。
 あのデザインはちょっと、受け入れられなかった。けれど、あれさえなければ直球で私の好みなのだ。惜しい。惜しいだけに気になる。
 どれを見ていても、赤いエナメルブーツが心のどこかに引っかかっている。
 20分ほどフロアをうろうろして、やはり忘れられなくて、パンプスを手に取る彼の肩をつついた。
「やっぱりね、あのブーツ……」
「あ、いい?」
 彼はとても嬉しそうだ。まだ悩んではいるけれど、ああいう特徴というのは身につけてしまうと案外気にならなくなるものだ。その感覚に賭けて、履いてみようと思った。
 ところが、最初に赤いエナメルブーツがあった棚に、それがない。
「あれ、ない」
「ほんとだ」
 棚を間違えたのかもしれない。二手に分かれて近くの棚を探してみる。でも、ない。
 キラキラした光だけが通り過ぎていく。
 ひょっとして誰かが持って行ってしまったのかもしれない。そうなるとものすごく惜しくなる。
「店員さんに聞いてみよう」
 すぐにショップスタッフに頼ってしまう私は、探し続ける彼をおいて近くに立っていたスタッフに話しかけた。
「あの、赤いエナメルのショートブーツなんですけれど……」
 その靴を気に入ったこと、さがしていることを伝えると、スタッフは笑顔でさっと動いた。各靴とそのストックの位置を知り尽くしているスタッフらしい動きだった。
 期待を胸に、スタッフが魔法のように赤いエナメルブーツを取り出してくれるのを待つ。
 それからしばらくして、不吉な予感を眉根のあたりに漂わせて、申し訳なさそうな声音でスタッフが言った。

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