小説

『Cinderella shoes』植木天洋(『シンデレラ』)

 どこにもない。
「おかしいですね」
 パンプスを勧めてくれた親切なスタッフも、困惑顔で周囲を見渡す。
「飛行機の時間があるから」
 急かす彼の声は、頭の中を素通りしていった。そう、私たちは今旅先にいる。そして今日は帰国の日で、飛行機に乗らなければならない。
 なのに、紫のヒールブーツがない。
 焦った。
 どうして? さっき脱いだはずなのに、すぐそばにおいていたはずなのに、どうしてないの?
 レディスフロアからも応援が来て、五人ほどのスタッフが私のブーツを探しに走り回ってくれた。
 私も紫のヒールブーツを思い浮かべながらあちこちを見回すけれど、それらしいものはない。
「紫のヒールブーツで、○○○というブランドの靴です」
 私はスタッフに細々と、しかしはっきりと説明した。
 しばらくして、「こちらでお預かりしている……というか、忘れ物であった靴なんですけれど……」
 戸惑い気味に、金髪ボブカットの女性スタッフが三足ほどブーツを持ってきてくれた。どれも黒、茶色二足のどこにでもある素っ気ないデザインのもので、全然私の靴ではなかった。
「すみません、これじゃないです」
 がっかりして、それでもスタッフの配慮に感謝した。
 いよいよ飛行機の時間が迫り、彼は余裕をもって「先にいくから」ということでいなくなった。
 義母は彼と一緒に空港に向かっただろう。結局すごく待たせてしまった。申し訳ないし、義母の心象を考えると、暗い気持ちになる。けれど、どうしても靴のことはどうにかしたい。
 これは困った。気に入ったパンプスが見つかったのだから、さっさと決済して古いブーツは捨てていけばいいじゃない。そんな声が聞こえてくるようだった。
 けれど、紫のヒールブーツはそんなに古くはない靴だし、とても気に入っているのだ。捨てていくわけにはいかない。
 焦る、すごく焦る。
 さっきからスタッフは勘違いした靴ばかりを持ってくるし、あたりを探しても見つからないし、ひょっとしたら私の紫のヒールブーツを気に入った誰かが勝手に持っていってしまったのだろうか、などと邪推するまでになってしまった。

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