小説

『Cinderella shoes』植木天洋(『シンデレラ』)

 イライラもするし、何よりも疲れる。ひどく疲労していた。焦ると胸も苦しくなるし、途方に暮れる。
 同じ光景が何度も繰り返される。同じ場所を探している。 
 あれだけキラキラと輝いていた華やかな空間は暗く打ち沈み、気づいたら閉店後の静けさが漂っていた。
 閉店?
 あんまり長居しすぎて、閉店時間を過ぎてしまったのだろうか。フロアには誰もいない。それでも、狂ったみたいに探し続けた。
 ぐるぐる、ぐるぐる、同じ場所を走り回って、探し回る。
 閉店する前、私が残っていることに気づかなかったのだろうか。そんなことを頭の片隅で考えながら、ひたすらに紫のヒールブーツを探し続ける。
 前にもこんなことがあったような気がする。探しても探しても見つからない。時間ばかりがすぎて、ものすごく焦る。汗をかいて、厭な感触がする。
 息苦しい。同じところをぐるぐる何度も何度も回る。
 こうなったら、スタッフ・オンリーの立ち入り禁止場所だって探してみよう。ストックヤードや小さな箱が積みあがったものなど片端からチェックしていって、レジカウンターに気づいた。
 そこにも近づいて、隙間から中へ入った。手で触れた黒い棚が案外軽い感触で動いたので、あわてて元の位置に戻した。
 それから座り込んで下の棚の中を調べると、目の前に片方がくったりと傾いたショートブーツがあった。黒い棚の中に半ばとけ込むようにしてあったそれを「まさか」と思いつつ手にすると、ハッと記憶が蘇った。
 〈これだ。私が履いていたブーツはこれだ〉
 見慣れた流線形のソール、冬用に厚手で少し硬い外側、知っている重さ。履き心地さえ思い出せる。履いているうちに左側のかかとのパーツが内側に飛び出してきて、かかとに当たって痛いということも。
 私が履いていたのはこの黒のショートブーツだ。黒のショートブーツを脱いで、パンプスを試着したのだ。どうして今まで、紫のヒールブーツだと思いこんでいたのだろう。
 私は黒のショートブーツをつかむと、止まったエスカレーターを駆け下りた。閉店しているなら出入り口も閉まっているはず。どうやって外に出ようかと考えているうちに一階について、エスカレーターの先に大きな正面ドアが見えた。
 一階ホールの真ん中に薄い色の着物をきた白髪の老女が一人いて、何か拝むようにしている。

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