助かったよありがとう、そう言って兎田俊介が微笑んだ相手は狸町佐南である。
「いい加減、あきらめてもらわないと困るよ。鬱陶しくて仕方ない」
「きみが思いやり深い、いい人だとちゃんと伝えておいたから」
「じゃあ、狸町の要望通り、軽音楽部が文化祭に出られるように取り計らっておくから」
「サンキュ。亀山一族は昔からしつこいからな」
「まあ、でも気の毒だとは思うよ」
「それは、事実だから?」
「どういう意味かな?」
「油断してカメに負け、それがのちのちまで語り継がれるようになるなんて、そりゃ兎田一族としては不名誉極まりないものね。なんとかしてイメージ奪回を」
「それ以上言うなよ」
兎田俊介はにっこりと人差し指を形の良い唇に当てた。
「ああ、ごめん。深い意味はないんだ」
狸町佐南は首を振った。
「じゃ」
おお怖い、笑顔が怖い人なんてそうそういるもんじゃないよ、ありゃマジでヤバいやつだね。
ぶるると背中を震わして狸町佐南は足早に兎田俊介のもとを去った。
「ふん、狸め」
その背中を見つめる兎田俊介の顔から微笑みはすっかり消えている。
「所詮、狸は狸。うまく使うに限る」
それからにやりとわらって付け加える。
「そして亀は亀だ。どうしたって兎を追い越すことなどできないのさ」
兎田俊介を負かす方法がひとつだけある、そう亀山啓吾にささやいたのは狸町佐南である。
「え?」