小説

『末裔』広瀬厚氏(『雪女』)

 その美しい容姿にもかかわらず、雪女に惹かれる男はまずいなく、成長するごとにほとんど意識もされなくなっていく。雪女に心惹かれる数少ない男性は、雪女の産んだ男児の血統である。
「えっ!と言うことは?」と、私はここまで話を聞いて、ハルに感嘆符と疑問符を投げかけた。
「そう」と彼女は短く応えた。そして、
「だからアキオさんも雪女の末裔なの。そしてこれは運命なの」と続けた。
「なるほど」私は、そう口にだして頷いた。それから最初彼女から雪女だと告白された時、なぜだか少しも驚かず、自然に受けとめることのできた自分に対して、もう一度「なるほど」と心中で呟いた。ハルの話はまだ続いた。
「さっき話したけれど、雪女だからと言って今では、ほとんど何の特別な力も残っていないの。残っている力と言えば、これももう話したけれど、わたしの話した秘密を相手が他言したときに察知して命を奪う力かな。だけどこれは自分の意思にお構いなくそうしてしまうの。だからアキオさん、決してこの秘密を他人に話さないでください、お願いします。わたし、あなたの命を決して奪いたくはないから、、、」
 そう言って、ハルは私をじっと見つめた。そんな彼女のことが私は、たまらなく愛しくなってきた。彼女を押し倒して今すぐにでも自分のものにしたくなった。私は欲望が抑えきれず、彼女の両肩に強く手をやった。と、
「覚悟はありますか?」再び、彼女は私に覚悟を問う。そして、
「わたしをあなたのものにする覚悟です!」と続けた。その言葉に私は大変強いものを感じた。ごくりとつばを飲む私に、彼女は真面目な眼差しを向け言った。
「わたしをあなたのものにした以上、あなたはわたしと一緒にならなければなりません。わたしをあなたのものにしたのち、万が一あなたが他の女のもとにいったならば、秘密を他言したときと同様わたしはきっと察知して、あなたの命を奪わなければならなくなります。その覚悟があるなら、さあアキオさん」
 そう言ってハルは、そっと目をつむった。彼女の青白い頬の底に赤みがさした。白い肌のなか浮かぶ赤い唇が薄っすら濡れている。私は覚えずその唇に唇を重ねた。その刹那私の頭のなかは真っ白となった。
 そこは、絶え間無く降り続く雪で、すべてを白く染められた山の中であった。そこで私は、彼女を無我夢中に愛した。真白な雪のなか肌を重ねる二人は、純粋なる宇宙の、始まりの約束を確かめ求め合う、矛盾を超越したるひとかたまりとなった。黒色たるも白に帰依さす純粋は、悉皆自然裡なる畢竟を、眼前にありありと見せるが如し、無垢に一つに、巴卍に交じり合い、大宇宙を我が手の中に握りしめた。白は黒を認め、黒は白を其処に許した。雪は絶え間無くごうごうと大地に降り積もった。太陽はギラギラ光を差して雪を溶かそうといどむ。

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