小説

『種なし葡萄』おおさわ(『織姫と彦星』)

犬をみると、さりげなく避ける。
駅の階段からの景色が好きだと、立ち止まる。
辛いのが好きなのに、辛いのを食べた翌日は決まって腹をくだす。
出会った大学での、初めての会話は「あのさ、もしかしてだけどライター貸してほしい?」
パンダをパンダさんと敬う。
チーズは好きだけど、餅はもっと好き。
「ひざって10回言って」と頼むと、勝手に6回でやめる。
好きな歌手は、人の応援歌なんて歌わない自分でいっぱいいっぱいの人
すき焼きをすると、肉をよそってくれるが、ネギは全部食べる。
目から鱗だ。古田の存在は。
そんな人に別れましょうと言う。
なぜだろう。遠く離れた福島に行ったからか。

駅から、家は近いのに一向に着くことがない。
いつもは5分とかそこらで着くのに、もう数時間が経つ。
歩かない足が着くはずもないが、歩くと着いてしまうことに恐怖すら感じる。
小学校の時、足の速い男子や勉強のできる男子を好きになる女子は、人が羨むような時間を送れると、いつの日からか思うようになった。
私はといえば、小学生の時から、人の目だけを気にして生活してきた。
教室移動のときだって、数人が動かないと動けなかったし。
夏から秋への衣替えだって、自分がいくら寒かろうがチェックのシャツは数人が着ないとタンスを開けることさえできなかった。
そして、今も気にしているのだ。
古田も変わらないが、私もなんだかんだ変わらないことに気づくと足は動いていた。

東京の家に帰ると、ランニングシャツの古田が「おかえり」と言ってくれた。
しばらく一緒にいると、相手の存在は治らない癖みたいになって、失ったら失ったで生活できるのだろう。と思っていたが。

この顔を見ると、福島のわたしから“ガリッ”って音がした。
そこには、近くにいるから分かりやすい現実があった。

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