小説

『BUGS CAPITALISM』澤ノブワレ(『変身』フランツ・カフカ)

「……あ、ああ。クレキ。……久し……ぶり。」
「課長。どうして……。」
「ああ……やられちゃったよ。まあ……ゴキブリだもんなあ……。俺も……いっぱい……殺したし……なあ。」
「課長、しっかりしてください!」
 カナブンはゴキブリに駆け寄るが、ドラマのワンシーンのようにその体を抱きかかえることは出来ない。その代わりに、体を精一杯に寄り添わせた。
「その……呼び方……やめてくれ。俺はもう課長なんて……コリゴリだし……、君らと……その……仕事のことなんか……関係無しに……。」
 カナブンはもう何もいうことが出来なかった。代わりに、込み上げて来る怒りと、悲しみと、不安やら自責やらあれやらこれやら……様々なものが入り混じった叫びを抑えることで精一杯だった。
「なあ……クレキ……。本当はな……この一言を言ったら……もっと……いろんなこと……話したかったんだけどな……。」

――ごめんな。

 暮来は絶叫した。

 それからというもの、あちらこちらで虫化した者たちが駆除されたという話が聞かれる。あのカミキリムシも、全く姿を見せなくなった。恐らく駆除されたのだろう。暮来はもう堂々とクヌギにしがみついていることは出来なくなった。日中は部屋の物陰に隠れ、夜中になって人気がなくなると静かに根元辺りにへばりついて、わずかな蜜を吸う。人間が決める基準など曖昧で自分勝手なものだ。カナブンとて、いつ害虫認定され、駆除対象になるか分からない。暮来は怯えて暮らすようになったが、それと同時に、鬱屈とした生活の中で人間に対する怒りを増幅させていた。
 その怒りが頂点に達する時は、すぐに訪れた。その朝暮来は、窓の外から聞こえるけたたましいエンジン音で目を覚ました。見ると、数人の男が庭のクヌギを取り囲み、一人はチェーンソーを構えている。まさか、と暮来は目を見張ったが、男は何のためらいも無くその刃を幹に食い込ませた。
「やめろおおおぉ!」
 暮来は思わず飛び出していた。その巨大な羽音は、作業員たちの表情を凍りつかせるのに十分だった。男たちに向かって一直線に滑降しながら、暮来は思う。どうして人間は他の生き物を受け容れて生きていけないのだろう。どうして自分たちの基準から外れたものたちは皆駆逐しないといけないのだろう。おかしいじゃないか。一体……一体、何様だ!

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