小説

『BUGS CAPITALISM』澤ノブワレ(『変身』フランツ・カフカ)

 そうだ、その通りだ。人間にそこまでのことをする権利は無いはずだ。暮来は激しく首を縦に振る。
「どの虫がいつ害虫認定され、駆除されるか分からない。そこで我々は有志を募り、レジスタンスを結成したのだ。人類が虫との共生を受け容れるまで、我々は闘うつもりだ。どうかね、君も我々の仲間に入らないか。」
 暮来は迷った。先の事件で、自分の無力さは十二分に悟ったのだ。闘うといっても、自分には何も出来ない。
「大丈夫だ。君の不安はわかる。基本的に戦闘は、クワガタ、スズメバチなど、戦闘向きの昆虫が行う。君のような穏やかな者には、見張りや事務処理を任せるつもりだ。」
 見張りに事務処理……それならば出来そうな気がした。
「それにね、レジスタンスに参加した者には、報酬として安定した量の樹液を支給させてもらう。いまや樹液は山林に行かないと採れないからね。だが、山林では巨大昆虫を生け捕りにして報奨金を狙うハンターもいるそうだ。だが我々は、君たちに報酬を払うに十分な樹液を貯蓄してある。成果次第では、さらに多くの樹液を得ることも可能だよ。」
 横からアリが口を挟む。
「どうだい。非常にやりがいのある、社会貢献度の高い仕事さ。」
 安定……成果……やりがい……社会貢献……。どこかで聞いた言葉であった。しかし、暮来には、かつてその言葉が自分にどう関係していたのかを考える余裕など無かった。なぜなら彼はカブトムシの「樹液」という言葉を聴いた瞬間、自分がとてつもなく空腹状態であることを思い出したからだ。樹液、樹液、樹液……!! 暮来は全ての思考を止め、今一度大きく頷いた。
「僕なんかを拾っていただいて、ありがとうございます!どんなことにも積極的に取り組ませていただきます!」
 カブトムシとアリが、満面の笑みを浮かべる。カブトムシが目配せすると、アリがそそくさと引き出しからファイルを取り出し、早口で捲くし立て始めた。
「それでは説明を。就業開始は9時からですが、2時間前には出社、声出しとミーティングを……」

1 2 3 4 5 6 7 8 9