小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 息子と母の綱引き状態となる。
 しかし、浩一の手には先程、口を押さえた時の残骸があった。
 それがブラシと手の間に滑り込み、見事にすっぽ抜け、浩一は吹っ飛んで壁に激突した。
 「クソが!」
 浩一は立ち上がると工具ボックスからハンマーを取り出し、ドアに向って振りかざす。
 「待て!待ってくれ!」
 秀樹の大声。
 ハンマーを降ろし、浩一が秀樹を見る。 
 「ぶっ壊してやる!」 
 ドアへと向き直し、再びハンマーを振り上げる浩一。
 「待て!落ち着け!浩一!いたた・・・」
 秀樹が腰を押さえながら叫ぶ。
 「お父さん!」
 彩が秀樹に駆け寄り、介添えをして立ち上がらせる。
 生まれたばかりのバンビのように揺れながら、両手を合わせる秀樹。
 「壊さないでくれ。まだローンが残っているんだよ」
 「ドアくらい、大したこと無いだろ」
 「お前は一円も払わないだろ!」
 ぐうの音もでない浩一。
 秀樹が立ち尽くす浩一に歩み寄り、ハンマーを取り上げて工具ボックスに戻す。
 三人がドアを見て座り込んだ。
 ブラシが穴にすっぽりとはまり、中は見えないようになった。
 「彩、腰の薬持って来てくれ」
 「え、どこにあるの?」
 「どこって・・・いつも母さんが父さんに出してくれるだろ」
 「そんなの知らないよ」
 「たぶんテーブルの引き出しの所だ」
 彩が立ち上がってダイニングキッチンに向った。
 その背中に浩一が声をかける。
 「俺も水、持って来て」

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