「お前は黙っておけ」
「つい何だよ?」
さらに突っかかる浩一。
「黙ってろ」
秀樹が浩一の腹に拳を入れた。
それが見事にミゾオチに食い込み浩一は悶絶し、口を押さえる。
先程の唐揚げが浩一の胃から戻って来たのだ。
秀樹も彩も瞬時に危険を察知した。
「バカ!トイレ行け!って母さん、開けてくれ!頼む」
秀樹がドアを叩く。
その脇に彩もやって来てドアを叩く。
「お母さん、お願い!お兄ちゃん吐きそうってか、吐く!」
酒で赤らんでいた浩一の顔はすっかり青くなっている。
敦子の反応は何も無い。
「浩一!トイレは開かない!無理だ!無理!飲め!飲むんだ!戻せ!」
浩一の頬はリスのように膨らんでいる。
「お兄ちゃん!」
秀樹と彩が祈るように浩一を見つめる。
こんなに家族から期待をされたのはいつ以来だろうか。
それに応えなくてはと浩一は思った。
父と妹の期待を背負い覚悟を決め、浩一は天を仰いだ。
浩一の喉が鳴り、リンゴが入っていたような頬が萎んだ。
胸を撫で下ろす秀樹と彩。
浩一も安堵の息を吐こうと口を開けると秀樹と彩が息を飲んだが、それが吐息だと分かって、再び胸を撫で下ろした。
三人が互いに目を合わせたが、三人とも同時に目を逸らした。
父、息子、娘の三人だけで目を合わせたのは久しぶりだった。
だから、どんな顔をして、その後どのようにすれば良いのか分からなかった。
何せ三人の間にはいつも優しくて、明るいお母さんがいるのだから。