秀樹がドアノブを回そうと掴むも鍵がしっかりとかかっている。
「母さん、開けなさい」
ドアを叩く秀樹。
無反応。
彩が涙を拭いながらやってくる。
「お母さん、大丈夫?私は大丈夫だから」
やはり何の反応もない。
「お母さん、お母さん」
彩が何度かドアを叩くも返事は無かった。
二人の背後から食べ物を咀嚼する音が響いた。
秀樹と彩が音のする方を同時に向くと浩一が唐揚げを手づかみで頬張っている。
「バカ兄貴!こんな時に食ってんじゃねえよ!」
「浩一、謝れ!母さんに謝れ!」
秀樹と彩が浩一に詰め寄る。
浩一は悪びれた様子も無く、秀樹の飲みかけのビールで唐揚げを胃に流し込んだ。
酒の弱い浩一は顔を一気に赤らめ、秀樹と彩の間を割って出て、トイレの前に立つ。
「開けろ!」
扉をガンガン叩く浩一。
「バカ野郎!」
秀樹が浩一に飛びかかり、トイレのドアの前で二人がもみ合いになる。
「止めてよ!そんなことしたらお母さん、余計出て来ないじゃん!」
彩の金切り声が二人の耳をつんざく。
二人は睨み合いながら立ち上がった。
誰も一言も発さない。
呼吸音だけが重い空気の中で轟いている。
それを払拭するように秀樹が口を開けた。
「母さん、すまんな。つい、な」
「つい何だよ?」
浩一が言葉尻を捉えて来る。