小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 痛みと驚きでテーブルに顔を伏せる彩。
 一瞬で火のついた秀樹が浩一に飛びかかり、馬乗りになる。
 「このバカ野郎が!」
 浩一の顔面を平手で殴りつける秀樹。
 両手でガードをする浩一。
 「彩、大丈夫?」
 敦子がテーブルにふさぎ込んでいる彩に駆け寄る。
 「彩に謝れ!顔に傷が出来たらどうするんだ!お前とは違うんだぞ!」
 秀樹が浩一の胸ぐらを掴み仁王のような形相でにじり寄る。
 浩一がその顔面に唾を吐きかけた。
 秀樹は激高し、垂れる唾を拭いもせずに浩一を殴り続ける。
 「お父さん、止めてよ。彩ちゃん大丈夫?」
 彩の泣き声が響き、浩一、秀樹がそちらを見る。
 背中を丸めて泣いている彩。
 敦子がその背中をさすっている。
 秀樹の隙を見逃さなかった浩一が秀樹を突き飛ばして立ち上がる。
 よろける秀樹。
 浩一が彩に向って怒声を浴びせる。
 「ブスが!泣いて悲劇のヒロイン気取ってんじゃねえ!」
 水を打ったように静まり返る。
 「あー!」
 奇妙な雄叫びを上げる敦子。
 背筋を伸ばすとリビンクから飛び出し、トイレに駆け込む敦子。
 乱暴にドアが閉められ、鍵がかけられた。
 再び静けさが家中を包む。
 「おい、母さん?」
 秀樹がトイレの前に立ち、ノックをする。
 何の反応もなく、何の音も聞こえない。

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