小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 三人で初めて酒を飲み交わし、トイレのドアの前の即席宴会場で盛り上がる。

 もちろんそれは便座に座っている敦子の耳にも届いていた。
 一度、引っ込んでしまってから出るタイミングを逸していた。
 しかし、自分がこうなっている中で楽しげな声が聞こえるのが気になって来た。 
 しかも浩一以外は朝になれば仕事に行かねばならない。
 そろそろ出なくてはいけないだろうが、今は何時であろうか。
 そう考えているとひと際大きな声が響いた。
 敦子は意を決し、トイレブラシを引き抜いて隙間から覗いた。
 秀樹の脇に浩一と彩が座り、秀樹の膝に置いた何かを見て笑っている。
 敦子の位置からは丁度、彩が壁と何か分からない。
 三人は大爆笑をしている。
 気になり、さらに隙間に近付く。
 と、振り向いた浩一と目が合った。
 「母さんだ!」
 秀樹と彩も敦子の方を見て来た。
 そして、秀樹が微笑んで手招きをしている。
 「母さん、来なよ。ほら」
 三人がこちらをじっと見ている。
 秀樹が出やすい空気を作ってくれた。
 敦子はついに鍵を開け、ゆっくりと扉を開けた。
 昇り始めた朝日がトイレの格子窓から室内へと入り込んだ。
 それが後光のように敦子を背後から照らした。
 敦子が三人の輪の前に立ち頭を下げた。
 「ごめんね」
 浩一が立ち上がった。
 「俺が悪い。ごめんなさい。母さん、父さん、彩」
 浩一が頭を下げた。
 「まあ、家族やっていたら、こういう日もあるさ。二人とも座って。母さん、これ見てよ。この写真」
 秀樹がそう言って再び手招きした。
 「母さん、早く」
 彩が自分の横に敦子を招き入れる。

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