彩が携帯で確認する。
「もう12時。あ、着信来てた」
彩が携帯を耳に当てて、立ち上がろうとするが秀樹がシャツの裾を引っ張って制する。
「おい、今するのか?」
「大事な電話なの」
「今も大事だろう」
彩は眉間に皺を寄せて秀樹の手を振り払うと玄関から外に出た。
父と息子、ベニヤ板一枚の向こうに母がいる空間。
「彼氏か?」
秀樹は外の彩を気にしながら浩一に尋ねる。
「俺が知るわけないじゃん」
「母さん!彩は彼氏がいるのか?」
トイレに向って秀樹が尋ねるが何の音沙汰もない。
浩一と秀樹は顔を見合わせず、フローリングの木目を見つめている。
外で話す彩の声が漏れ聞こえる。
その声は、先程とは打って変わって明るく弾んでいる。
秀樹が持て余してフローリングの木目をなぞっている。
その指先、手のひらをふと見やる浩一。
記憶とだいぶ違っていた。
皺が増え、肌のハリが落ちて、老人のそれにはっきりと近付いているのが分かった。
七年の歳月の重みを感じつつ、しばし考えて、浩一がゆっくりと口を開いた。
「なあ、オヤジ、俺たちって結局お互いに何にも知らないんだな。俺もオヤジが冷たい飲み物が苦手なんて知らなかったし、もちろん彩に彼氏がいるなんて、ま、それは俺が引きこもっていたのが悪いんだけどさ」
秀樹が驚いたように反応して、木目をなぞる手を止める。
「あ、ああ。今だから言うけどな、父さんもな、浩一が引きこもっていたのは知っていたけど、何故かはよく知らなんだ。それ以上踏み込もうとしなかった。いや、できなかった」
「なんで?」
「俺が逃げていたんだよ。俺は結局自分が可愛いだけで、息子と向き合っていなかった。ごめんな」
秀樹は薄くなった頭を下げた。