小説

『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)

 「はいはい」
 彩が戻って来て、秀樹に薬と冷えたミネラルウォーターをコップに注いで渡す。
 浩一にも水を渡すと一気に飲み干し、お代わりを要求する。
 「あとは自分でやってよ」
 ペットボトルごと浩一に渡す彩。
 秀樹は薬とコップを持ったまま。
 コップが水の冷たさで曇っている。
 「飲まないの?」
 彩が尋ねる。 
 「彩、父さんはな、ビール以外の冷た過ぎる飲み物は苦手なんだ。母さんが用意してくれているやつあるだろ。常温の」
 呆れる彩。
 「もう、自分で行ってよ」
 「何だ、その言い方は。ずっと一緒に暮らしていて、そんなことも覚えてくれていなかったのか」
 「覚えていないわけじゃないけど、こんな時までいいじゃない」
 彩が自分のコップに口を付けて水を飲む。
 「ああ、そうだな、父さんのことなんてどうでも構わないよな」
 秀樹が薬を口に放り込み、水で流し込む。
 「何それ、子供じゃないんだから」
 秀樹の顔が怒りで赤くなって来ている。
 それを察した浩一が割り込む。
 「まあまあ、喧嘩している場合じゃないだろ」
 「お兄ちゃんが言わないでよ」
 「そうだぞ、浩一。誰のせいだと思っているんだ」
 二人から目を逸らして横を向く浩一。
 「ああ、そうだな。そうだよ。俺が悪いんだ」
 「お兄ちゃんもお父さんみたいに言わないでよ。うちの男達は・・・」
 三人が再び黙り、しばしの時間が流れる。

 「今何時だ?」と秀樹。

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