「車」
「そう、車、そこの林道に止めてあるから」
「そう」
「あとそうだ、お客さん探さないと、もう暗くなるからやばいしな、ほんと何処行っちゃったんだろう」
ザ、ザ、ザ。
風が吹いて竹が一斉に揺れ、松本くんがスンと鼻を鳴らす。
「うわ、雨振りそうな匂い――ああ、そういえばあのお客さん、何かいい匂いするひとだったな。線香みたいな」
「え?」
「あ、車、そこ」
松本くんの指差す先、灰色一色の景色の中にぽつんと取り残された黄色い車体。
その横に、誰かが立っている。
ああ、と松本くんが安心したように息を吐いた。
「何だ、よかった、先に戻ってたんだ」
「あれ、誰」
「え?ああ、さっき言ってたお客さんだよ」
すみませーん、と松本くんが声を張り上げて手を振る。人影もすっと手を振り返す。
ぼんやりと浮かび上がる白い腕。一足先に夜を呼び出したような長い黒髪。
「そうそう、あの人も第四小なんだってさ。女の人だから年は聞いてないけど、おれらと同じくらいじゃないかな」
呆然と立ち尽くすあたしの鼻先を、白檀の香りが掠めていく。
ちぃ、と誰かがあたしを呼ぶ。
久しぶりだね。
「――カグヤちゃん?」
ザザザザザァッ――と、風に揺られた竹が鳴いた。