小説

『カグヤちゃん』木江恭(『かぐや姫』)

「確認」
「うん、あの、気にしないで」
 よく見てみると、松本くんは額にびっしょりと汗をかいている。確かに日中は暑かったけれど、夕方を迎えた日陰のこの場所では背筋に寒気を覚えるくらいなのに。
 そもそもどうして松本くんがこんな場所にいるのだろう。白骨死体が発見されたのはもう一ヶ月も前だから興味にしては遅すぎるし、散歩で訪れるようなのどかな雰囲気でもない。薄暗くて寂しくて何もない、誰からも忘れられたような場所だ。
「松本くん、どうして、ここに」
「それはこっちが聞きたいんだけど」
 呆れたように溜め息を吐きながら、松本くんは帽子を被り直した。
「今日乗せたお客さんが、何か急にここ来たいって言い出して、着いたと思ったらどっか消えちゃって、それで探してたらカグヤちゃんが」
「お客さん?」
「そう」
 何処行っちゃったんだろう、と松本くんは首を傾げる。
「ってか、カグヤちゃんこそ、何でこんなところに」
「あたしは」
 ザ、ザ、ザア。
 視界を埋め尽くす竹の迷路に目眩がする。
「カグヤちゃんに会いに、かな」
「え?」
「何でもない」
 この広い竹林の一体何処に、カグヤちゃんの体は埋まっているのだろう。確かにあの夜、あの男と一緒に落ちていった筈なのに。
 もしかしたらカグヤちゃんの体はもうすっかり土に溶け込んで、そのまま雨上がりの霧のように蒸発して、何処か遠くの空に消えていってしまったのかもしれない。
 遥か彼方の故郷に帰ってしまった、昔話のお姫様のように。
「とにかく、一旦車戻ろう」
 松本くんはあたしの手を引いて歩き出す。踏みしめる土がフワフワと柔らかくて足元がおぼつかなくて、あたしはまだぼんやりとした心地で後ろに付いていく。

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