小説

『階段職人』早乙女純章(『小人の靴屋』)

「じゃあ、ここにある歯車は、みんなみんな元は階段職人だったの……?」
「そう、この階段を動かしてきたのはわし独りではないのだぞ。独りでも、いつだってたくさんの想いと共に仕事をしてきた。苦労を知っている者だからこそ、その苦労を支えることができる。この階段はそうやって命を繋げて成り立ってきた。うちの祖父さんも、歯車になってここにおる」
「そんな……知らなかったよ、僕はそんなこと全然知らなかった」
「それはしょうがない。『歯車』を必要としない、そういう世の中になってしまったんだろうからな。けどな、階段はやっぱりいつだって、しっかり人間を支えられる存在でなくてはならないんだ。はたから見ているととんでもなく疲れることかもしれないが、ただ重さを受け止めればいいってもんんじゃないんだ。『人間』というものをしっかり受け止めて、昇り降りさせなければな。人間の疲れもそりゃあ体全体に受け止めなくてはならんが、その疲れも、幸せな疲れなんだよ。生きてきてよかったと思える疲れなんだ」
 父の姿がたちまち光に包まれ、形を失い、そして歯車に代わった。ポストの両手の中に落ちる。
 きらきらと光り輝く頑強な歯車だ。『疲れてぼろぼろになった姿』ではなかった。
 ――わしの人生をお前につなげるんだ。

 ポストは階段の中で、独り、せっせと歯車の管理していた。
 父から『歯車』式階段を受け継ぎ、そしてそこに自分が身に着けた『電柱』の技術も織り交ぜることによって未熟な腕でもどうにか仕事をこなしている。
 それまで歯車は、歯車同士で連結して、各々を支えに宙を浮いて回っていたが、『電柱』を支柱代わりにすることで、歯車一つ一つの負担を軽減させた。
「新しい技術があれば、こういうこともできるんだよ。ここの担当になって、父さんのすごさを身にしみて感じる。何人もの人間の疲れをこの体にダイレクトに感じるって本当にすごく大変で、まだまだその背中には追いつけないけど、僕だって、今の僕の力で一緒にできることがあるんだよ」
 父の歯車の前に歩み寄る。
 父が注いできた情熱は今なお脈々と、弧を描いて流れ続けている。
 周りの同じ階段職人の仲間たちは相変わらず『歯車』なんて古いと嘲笑する。「人間の疲れなんて知ったこっちゃないんだ」
 ポストの管理する階段を、人の波が絶え間なく昇り続けていく。疲れた表情・苦々しい表情を背中に滲ませながらも、しっかりと階段を踏みしめて昇っていく。階段が彼らをしっかり受け止めているのだ。
 そして人々は階段を昇り切って地上の明かりを全身に浴びた時に、ほんの少し清々しい顔をするのだった。
 雑踏と無数の埃を散らす人の群れは濃霧のようだ。それを掻き分けて、外界から降り注いでくる青い朝陽が、階段内部の歯車を燦々と輝かしてくれる。

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