美保は言ったあとでうーん、とうなだれた。
「でも旦那いないよ!」
なんの慰めにもならないから! と美保がツッコむと、茜が笑う。
「いないっていうかそりゃいるんだけど、なんかうまくいかなかった」
「そっか」
「蓮っていうんだけど、1歳半で。すっごいやんちゃで困ってる」
困ってるっていうより嬉しそうだと美保は茜を見つめた。
「どんな感じに?」
「朝起きるじゃん? 寝相悪くて起こされるって感じなんだけど、着替えるだけでも、あのねぼくはこれがいいの、みたいに言うし、お皿ひとつにしてもおもちゃひとつにしても主張がすごい」
「へぇー、主張の強さは見習いたいね」
美保が言うと、超迷惑だから―と茜が笑った。
「私さ、まだ、っていうかもう? 子供いないからさ、保育園がどんなところでとか、子供に関する手続きとか、2歳くらいってどれくらいの大きさでとか、そういうことが全然分からなくて」
そりゃそうだよ、と茜がさらっと言う。
「みんなそうだよ。逆に私は会社でちゃんと働くっていうのがまだよく分からないもん」
そっか、そうだよ、そっか、と何回か繰り返しているうちに、高校生の頃に戻ったみたいだった。というより、その頃となんら変わっていないんじゃないかという気がしてきた。
「美保すごいよね、大手の会社でさ、見たよ去年、母校パンフレット」
え、と美保が茜を見ると、茜は制服を着ていた頃と変わらない顏をしていた。先輩と揉めただの文化祭で他校の男の子が来るだのという話をするたびに、こんなふうにニヤリとわざとらしく笑っていた。
「キラキラ活躍する卒業生、だって」
だって、と肩をもたれかけてくる茜に、美保も肩をくっつけた。
「美保、朝起きたらテラスに出てプランター菜園に水をあげるんでしょ?」
「もーやめてって」
女子高生が憧れそうな落ち着いた雰囲気を伝えるために作った文言だった。