「なんでって、思うよね。私もそう言ったんだ。そしたらね、緑川、王様の役もらって初めて、クラスの一員として認めてもらってると思えたって、そう言ってたんだ。手ぇ挙げて、自分の意見言ってみても、みんながそれを受け入れてくれて、すごい嬉しかったんだって」
川瀬は言葉を切り、目を細めてから続ける。
「当たり前じゃんって言ったんだよ。でも、緑川は今までずっと、クラスのみんなは自分を見下してると思ってたんだって。キモイとか暗いとか言って避けてるってね。だから学校にいる間中、さらし者になってるような気がしてたって。でも、この役もらえて、それが自分の被害妄想で本当はみんな優しいんだって分かったんだって。それに――」
そこで川瀬は目尻を下げ屈託なく笑った。
「――沖田の脚本のラスト、そういう自分の気持ちとリンクして、めっちゃ感動したんだって」
川瀬は笑顔を湛えたまま沖田を見た。二人の目が合う。彼は何と言ったらいいか分からず、ただ顔の火照りを悟られまいと、思いついたことを口にした。
「王様じゃなくてお館様な」
二人の笑い声が空を高く突き抜けた。
その夜のうちに、沖田は脚本の修正を行った。また徹夜かと絶望的な気分になっていたが、よく考えてみれば手を加えるのは川を渡るシーンと少女がマントを手渡すシーンの二か所だけだ。問題は、ジュリエットが蔵之介よりも早く王城に辿り着いていたことに、どうやって真実味を与えるか。沖田は考えた。そうだ――。
思いの外早く解決案が浮かんだおかげで、その日沖田は真夜中過ぎにはベッドに就いていた。そして、迎えた翌日、初めてセリフ合わせが行われた。やはりと言うべきか、林と早見は気合が入りまくりで、妙に仰々しくセリフを読み上げた。一方で、森田は言葉に力が入らず、セリヌンティウスではなくいかにも森田らいしいおどけた話し方になってしまう。驚いたのは緑川で、初めての練習にもかかわらず、ほぼすべてのセリフを台本に視線を落とさず演じてみせた。みんなが感心するのをよそに、本人はディオニスよろしく終始こわばった表情を崩さなかった。
本格的に文化祭の準備がスタートした。水曜日のロングホームルーム以外にも、毎日の休み時間や放課後を使って、舞台装置を作ったり、黒子として背景や波を模した布を動かす練習をしたり、そして演技稽古をしたり、誰もが何かしらの役割をこなしていた。その甲斐あり、ほとんど全てが順調に進んだ。ある一点を除いては。
「お前、真面目にやれよ!」