小説

『走れ土左衛門』山口香織(『走れメロス』)

 さあ、ラストだ。喜助の縄が解かれる。二人が殴り合い、抱き合う。演じる森田は堂々とすべてのセリフをこなしていた。そして現れるジュリエット。
「蔵之介、待っていたわ。喜助から伝書鳩で全てを知らされてたの。だからあなたが発つ前に村を出ていたのよ。川もその頃は穏やかに流れていたわ。あなたはゾンビになってしまったけど、愛してる。死も私たちを別つことはできないのよ」
 仰々しいセリフの後、蔵之介とジュリエットがきつく抱擁する。群衆に扮するクラスメイトたちが歓声を上げ、会場からも拍手が起こった。その観客たちへ向けて、お館様が両手を広げて言う。
「信じれば応えてくれる者がいる。信じれば自分も人から信じてもらえる」
 そこでお館様を演じる緑川は言葉を切り、深く息を吸い込む。続けて、感動を吐き出すように言葉にした。
「信じれば、世界はこんなにも素晴らしい! わしも仲間に入れてくれ!」
そのセリフの後、左右の幕がゆっくりと近づいていく。先ほどの拍手がさらに大きくなって壇上に贈られた。見たことがないほどの笑顔を満面に湛える緑川。親指を立てて竹馬の友を演じ合ったことを讃える林と、それに応える森田。目を輝かせ客席に手を振る早見。舞台袖に立つ沖田と川瀬は笑顔で目配せし合う。
 大成功で幕を閉じた『走れ土左衛門』は、クラスの信頼の証だ。そう思うことにする。

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