小説

『レモン』こさかゆうき(『檸檬』)

 赤メガネも、後輩くんも、玉置が皿の上の唐揚げをいつ片付けるかなどということに、一ミクロンの関心も寄せていないに決まっていた。そもそも、彼の皿に唐揚げが乗っていることを認識しているかどうかだって怪しい。
 むしろ、彼が「フェイント」することによって二人の意識が皿の上の唐揚げに注がれるリスクが高まってしまうという逆説に、玉置自身まったく気づいていないのだった。世の中なんて万事そのようなものだ、と私は妙に納得した。
 しかし、次の瞬間、私は目の端で信じられない光景をとらえた。
 玉置の箸が唐揚げをつまみ上げ、美しい動作で口の中に入れたのだ。
 私は思わず、上半身を玉置の方にひねって、彼の口元をキッと見た。玉置は口をモグモグさせながらビールを飲むところで、勢いよく振り向いた私を見て動作が止まった。私は、こんなにおいしそうに食べ物をモグモグする口はいまだかつて見たことがないと思った。
 私の確信は、玉置によって、唐揚げとともに噛み砕かれた。正直に言って、私は大きく自信を喪失した。
 しかし同時に、自分がこんなにも何かに対して関心を持てたことについては、大きな自信につながった。それは、とても久しぶりのことだった。
 私はモヤモヤとした頭の中で、玉置のビックリした表情を何度も思い描いた。
 私はほとんど無意識のうちに自分のテーブルの皿の上にある唐揚げをひとつ
 つまみ上げ、かじった。
「酸っぱい!」
 私は自分が、自分の唐揚げにレモンを絞ったことをすっかり忘れていた。しかし何よりも驚いたのは、自分が味覚というものを再び感じたことだった。
 私は今しがた感じた「酸っぱさ」に感動し、胸を震わせた。
 ふいに視線を感じたのでそっちを振り向くと、玉置が驚いた表情で私の顔をまじまじと見つめていた。
 その瞬間、口の中のレモンの酸味がふいに濃くなった気がした。
 彼はいま、私に恋をした。私はそう確信した。

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