小説

『めだま』広瀬厚氏(『鼻』)

 三月の二十一日、愛知県西尾張地方にある田舎町で、まことに珍奇なる事件がおこった。北大通りぞいで骨董商を営む佐藤浩は、目玉焼きに目がない。毎朝きっと目玉焼きを食する。朝、目玉焼きを食さねば、一日が始まらない。
 目玉焼きが食卓に上がると、まず白身を外側から攻めていく。次第次第に、中央にこんもりと君臨する黄身へと、箸は近づいていく。きれいにまわりの白身が平らげられ、黄身だけが皿の上に残る。皿を両手に持ち、口を近づけ、一気に半熟な黄身をやっつける。はしたないが、それが佐藤浩の目玉焼きを食す流儀である。
 しかし、この日の朝はそれが違った。
「あなた、たまにはゆで卵にしませんか」
 妻の珠代が言った。いつもなら決して首を縦にふらない浩が珍しく、
「そうだな、たまにはゆで卵にするか。半熟で頼むよ」と、あっさり妻に賛成をした。そんなときに限って事件がおこるものだ。
 コーヒーとトースト、サラダ、それにボイルドエッグが食卓に上がった。浩は良い香りのするコーヒーを一口飲み、さっそく半熟ゆで卵の殻の上部を割った。そこには、ぷりんと柔らかな白身があった。このなかに黄身が、とろんとあるのだろう。浩はスプーンで白身をすくった。すると驚いたことに、殻のなかから、とろんとした黄身でなく、ぎょろっとした目玉が現れた。
「おい珠代、目玉が飛び出るような事件がおこったぞ。目玉だ。このゆで卵のなかに目玉がおった。こりゃまったくどういった事だ?」
「朝から何を訳わからないこと言ってるの。目玉がどうしたのよ。ははあ、わかった。やっぱり本当はあなた、目玉焼きが食べたかったんでしょう」
「違うって、目玉だよ。だから目玉がこのなかにあるんだよ。ほら」
 浩はゆで卵を手にとり珠代になかを見せた。珠代は失神するほど驚くと思いきや、
「あら、本当だわ。目玉だわ。目玉があるわ。それにしても何処かで見たような目玉ね。うん」と言って、ぎょろつく目玉をぎょろぎょろ見る。はて?と、浩も目玉を見る。
「そう言われて見ると、確かに見覚えがある目玉だよな。あっ!わかったぞ。これは店の常連の加藤さんの目玉だ。これはまずいことになったな」
 解体屋の加藤晃は、佐藤浩の骨董屋へ足繁く通う。とくに売り買いするでもなく、大抵は揶揄い半分の暇つぶしである。時折、民家の解体で出た古物を売りにくるが、その大半は二束三文にもならないガラクタばかりだ。たまに趣味に合うものを見つけると、やたらと値切る。値段に納得いかないと決して買わない。いままで値切るばかりで、ほとんど買ったためしがない。そんな晃が昨日、解体で出たガラクタを軽トラの荷台いっぱいに積んで、浩の店に来た。
「おーい、ええもんがどえりゃー出たでよ、持って来てやったがや。せいぜい高く買いとってちょうよ」

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