小説

『めだま』広瀬厚氏(『鼻』)

 晃が品のない尾張弁で言った。軽トラに積まれた古物を見て浩が尾張弁を返す。
「ありゃまたどえれーガラクタ持ってきて。うちは産廃業者じゃないがね。骨董屋だがね。こんなゴミばっか持ってきてもらったところで何ともならんがや」
「おみゃーさん相変わらず物を見る目がないんとちゃうか。よーそんなんで骨董屋やっとるな。よー見てみい、お宝の山だがや」
「おみゃーさんこそ何処に目ん玉つけて物言っとらっせる。これがお宝の山に見えるなんて、おみゃー、目ん玉二つあっても仕方ないがね。目ん玉一つで結構だがや。〈一つ目ん玉置いていけ〉買取ったるわ」
「たわけたこと言ってるでねーわ。まあええ、二度とこんな店こん。このお宝、ほかに持ってって買ってもらうわ、たわけが」
「ああ結構。二度とこんでくれ。そんなもんどこ持ってっても買ってもらえーせんわ、たわけが。で、目玉は置いてかんでええんか。適当な値段で買ったるぞ」
「たわけが、取れるもんなら取ってみろ。俺の目玉は高いぞ。じゃあな」
 晃は怒って、軽トラに乗って帰っていった。まあ、毎度こんな調子ではあるのだが、目玉がなくなれば晃は、自分が盗んだと疑うに違いないと、浩はゆで卵のなかでぎょろつく目玉を見ながら思った。
「どうしたもんだこの目玉。生ゴミとして捨てちまおうか」と、浩が珠代に言った途端、目玉がゆで卵のなかから飛び出し、走って何処かへ逃げていった。
 朝、目を覚ました加藤晃は、薄ぼんやりとする意識のなか、なにやら違和感を感じた。まだ半分眠る目をこすろうと、右手の甲を右目のあたりに持っていった時、ぎょっと心臓をさせた。そこに有るべき右目がない。右眉毛の下、つるりんと何もない。彼は自分自身その意味がわからず、布団から跳ね起きて、鏡に顔を映した。そこに映るのはやはり右目のない顔だった。右眉毛の下、綺麗さっぱり何もない不気味な顔面である。
「どえりゃーことになっちまったがや。こりゃきっと骨董屋の仕業だなも」
 一人鏡に向かい言う晃は、浩が夜中にこっそり忍び込んで、自分の右目を盗んだに違いないと考えた。そこで晃は色の濃いサングラスをかけ、朝一番から浩の骨董屋へと飛んでいった。まだ八時前である。もちろん店は開いていない。ちょうど今、晃の目玉がゆで卵から飛び出して逃げたところである。
「おーい、佐藤。おみゃーさん、俺の目玉盗んだだなも。今すぐ目玉かえさんかい!おーい」
 晃は店の扉を激しく叩いて声を荒げた。その時、店の扉が開いて目玉が中から走って、外に飛び出した。すぐに晃はそれが自分の目玉だと気づいた。
「おーい、目玉!何処へ行く?おーい」
 外で騒ぐ晃に気づいた浩が、奥から出てきた。

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