改札から出た足を、一度は止めかけたが、思い直して歩き出す。かわりに途中のスーパーに立ち寄って、味噌を買っていった。
アパートの下でポストをのぞくが中身は空だった。
階段を上がる途中、醤油の焼ける香ばしい匂いが胃をくすぐる。匂いは部屋の換気扇から漂っていた。
鍵を取り出してドアを開ける。
「おかえりなさい」
狭いキッチンから彼女が振り向いて迎えてくれた。
「ただいま」と、買い物袋を手渡す。
「ありがとう、ちょうど切らしちゃって」
袋を受け取りながら、彼女がくすりと笑う。手を伸ばして髪に触れる。
「素敵な髪飾りね。誰にもらったの」
と、指につまんだ銀杏の葉を見せてくる。
そういえばスーパーのレジでも同じように笑いを含んだ視線を向けられていた。
「銀杏並木の妖精さんに」
「へえ、妬けるわね」
下手な強がりはあっさり流された。
「栞にでもしようかな」と銀杏の葉をエプロンのポケットにしまって、彼女はキッチンに戻る。
「もうすぐ食べられるから、早く着替えちゃって。うがいと手洗いもちゃんとしてね」
と、味噌の封を切ってお玉ですくい、湯気の立つ片手鍋の中に溶いていく。
言われるまま部屋着に着替えて、洗面所でうがい手洗いをして戻る。小さなローテーブルには晩ごはんの支度が出来上がっていた。
向いの席に座って手を合わせる。
「いただきます」
味噌汁をすすると、じんわり温かい液体が喉を通って胃に落ちる。美味しいと呟くと、向こうで彼女が満足げな顔をする。
「仕事の方はどう」
「しばらくは定時で帰れそう。再来月はまた忙しくなる」
「無理なら無理って言わないとダメよ」