その親戚の家には置いてもらえそうなのかと聞けば「どうにかお願いしてみます」と曖昧に答える。
どうにもうさんくさい。
目の前の彼女は居ずまい正しく、育ちの良さは疑いようもなかった。
背はすらりと高く、肩揃えの黒い髪は血の気の戻った桜色の頬から白い首筋にさらりと流れる。すっきり通った鼻筋と、艶のある口唇と、瞳は切れ長の一重で、眼尻からまぶたのあたりにかけて、ほんのり紅が差している。現代の基準に照らせば万人受けする顔立ちではないが、一重まぶたに色気ありと常日頃から熱く語ってきたこの身には、まさにあつらえたような美女だ。
こんな美女がわざわざ北の島から東京くんだりまで財布を届けにやってきて、ぜひここに置いてくれなどという、そんな出来事が事実、起こりうるのだろうか。考えうることは全て起こりうる、ありえないということはありえない。だがそれを素直に信じられるほど、純真無垢でいられる歳でもない。
しかし、とも思う。
三十路を過ぎたしがない契約社員の身、恋人もなく、養うべき家族もなく、少しの友人とたまに酒を飲んで、愚痴を言い合い、くだを巻き、独りで生きて、独りで死ぬ。この人生のどこかに、何か守るべきものがあるだろうか。
視線を伏せて待つ彼女に尋ねる。
「何か重大な問題を抱えてはいないか」
「何も持たない、ということ以外には何も」
「莫大な財産や、あるいは借金がないか」
「今、手持ちの物以外には何も持たず、また人から借りているものもありません」
「誰かに追われているということは」
「故郷の友人が私を訪ねることはあっても、他に私を探す人は誰も」
淀みない瞳で彼女は言い切った。
語った言葉の全てが真実とは限らないが、それを嘘だと思いたくない自分がいる。ならば答えは決まったようなものだ。
最後にひとつ、重要なことがある。
「俺には下心があるが、それでも構わないだろうか」
彼女は一瞬、驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑った。
「それは私もだから」
はらはらと舞い散る銀杏の下で、屋台が焼き芋の甘い香りを漂わせていた。