展望台から駐車場まで続く木道は木々に覆われていて足元が悪い。やや遅きに失した感はあるが、早いところ車に戻るとしよう。
いい加減棒のようになった足を突き動かして、藪の細道を下り始めた。
木々に覆われた細道は思ったよりも暗かった。陽の高いうちはああも清々しく見えたものが、今では大変薄気味悪い。数刻前の己を呪ったが、それもすぐにやめた。呪うという言葉ですら今は怖い。
小道に他の人影はなかった。
暗闇というのはそれだけで原始的な恐怖を喚起する。暗がりの向こうに居もしない何かを思い描き、何でもない模様が人の顔に見えたり、木々のざわめきが人の声に聞こえたりする。
しかし、全ては幻想に過ぎない。そうだ、怖がることは何もない。
耳朶を舐めるようなか細い泣き声が聞こえたのは、折しもちょうどその時だった。
周囲十ヘクタールには響きそうな男の野太い悲鳴が木霊する。
飛び上がると同時に声のした方を見る。
視線の先で茂みが微かに揺れている。
自慢ではないが信仰心は薄い方だ。実家の宗派なんかろくすっぽ知らないし、神社の作法だってうろ覚え、十字を切ろうにも上からだか横からだか分からない。今なら玄関先でチャイムを鳴らすうさんくさい宗教の勧誘にだって喜んですがりつくだろう。
逃げたい。しかし、逃げるとなると重大な問題がある。すすり泣く茂みに背を向けることだ。それは可能か。無理に決まっている。
固唾を飲んで、覚悟を決めた。
恐怖とは未知だ。真実を突き止めることが不安を拭い去る唯一の方法だ。
にじるように歩を進める。
すすり泣く声は断続的に続いている。もしも無事に帰れたら、展望台にはトイレを置いてもらうように嘆願しよう。膀胱は決壊寸前だ。
藪が手の届く先まで迫った。
泣き声は止まない。
意を決して、震える手で茂みをかき分けた。