面倒見のいい性格は祖母と母から譲りうけたものだろう。手間のかかるお見舞いの品々は都合がよかった。フランスパンは遠出しなくてすむよう、日持ちのするものを、ワイン好きな祖母のために、噂で美味しいと聞いたものを。少女は母の祖母のための配慮を知っている。
古い花を庭に捨てに行った後、少女は部屋で倒れている祖母の姿を見た。駆け寄って声をかけてみるが、返事はない。動転しそうな心地を抑え、少女は携帯電話を使って母に連絡をした。母の指示に従い、少女は病院に連絡を入れる。やがて、別荘に医師と母がやってくる。祖母の死因は毒であると医師が診断してから、様相は不思議な展開を迎えていく。遅れてやってきた刑事は現場検証を行った。刑事は飲んでいたと思われるワインの中から毒が検出されたと発表をした。それはおかしなことだった。ワインをグラスに注いだのは少女だ。ワインの瓶はちゃんとコルクで密閉されており、異物が混入するすきなどない。これではまるで、少女が祖母を毒殺しようとしていたようにも見えるではないか。毒物が入り込んだ理由など、少女にはまったく心当たりがない。
少女は再び、デジャヴに襲われる。あのときは花瓶に毒が混入されていたのではなかっただろうか。毒のある花を花瓶に生けさせることで毒を混入させることが可能かもしれない。あのときとはいつのことだろうか。わからない。頭がぼんやりする。考えようとするとよけいにおかしくなりそうだ。少女は眩暈を覚え、倒れこんでしまう。
3 フランスパン
少女は狩井沢の別荘に向かう。別荘には少女の祖母が暮らしている。那賀乃の市内から狩井沢までの距離くらい、少女にとってなれた道筋だった。電車の始発に間に合うように、少女は早起きをした。目覚まし時計のアラームが鳴り響き、少女は反射的にスイッチを止める。けたたましい音が鳴り止んだとき、雀の声に気がついた。それほど大きな声ではない。窓の外から聞こえてくるのだと、音の震え方から感じ取ることができる。
今日は祖母の家にお見舞いをしにいく予定になっている。祖母の体調が悪いので、生活に必要なものを少女が届けにいく。
ふと、フランスパンと花束とワインのイメージが脳裏に浮かんで消えた。おかしな夢でもみたのだろうか。少女は目をこすりながら、パジャマのまま、母親の待つリビングに歩いていった。母は少女の姿を見るなり、味噌汁をお碗によそい、ご飯を盛った。
「ほら、お洋服も準備して有りますからね、さっさとしたくしなさい」
母はご飯の前に箸を置いた。それから赤いワンピースに挿入されているハンガーを抜き取る。
少女は席に座る。お米の湯気からは穀物のやわらかい香りが漂ってくる。母が母なりに気をもんでいることが、あくせく動くその姿からうかがうことができた。少女は一人で祖母の家を訪問する。なるべく万全の準備を整えてあげよう、と少女以上にあれをしなければいけない、これをしなければいけないと母は考えている。