「私だって進歩しているのだ」
少女は別荘の合鍵を使って部屋の中に入る。
祖母はベッドで眠っている。聞く所によると、体の調子が悪いらしい。それで、少女がお世話をするため、お見舞いを買って出た。
「私がお見舞いに行ってくる。お母さんはおうちで待っていてね」
母の同行を断ったのは小さいながら持ち合わせている自立心からだった。母はいつも少女のことを心配していて、少女が何かをしようとするたびに、横から手伝おうとしてくる。自分でやりたかったことなのに。今日のバスケットの中身を揃えたのも母だった。もちろん、お金のことはしかたがないとしても、お見舞いの品を選ぶことくらいなら少女にでもできる。祖母の面倒を見るのだって一人で出来るのだ、と成長した姿を母に見せつけてやりたい気持ちは強かった。
少女の気配に気がついた祖母は目を覚ました。ベッドの中からこんにちは、などと声をかけながら、小言を吐いた。
「まだこんなに小さいというのに、あのひとは一人で歩かせるなんて。なんて親でしょう」
「私が一人で来たかったのよ。おばあちゃん」
「あなたはえらいわ。よく来たわね。あとでご褒美上げるからね。それに比べて」
「そんなこというおばあちゃんは嫌いよ」
少女はピシャリといって、花瓶に新しい花を活ける。水仙の花だ。古い花を庭に捨て、水仙を花瓶にさし、水を加える。
祖母も母と同じタイプの人間で、面倒見がよく、少女を子供扱いすることが多かった。幼稚園の中でも、少女はたびたび同じような光景に出くわすことがあった。祖母が少女の行く手をさえぎり、こちらのほうが安全だからと別の道に手を引いていく。少女の意見を無視し、我先に進路を決めていく、甘く不自由な祖母の愛情。
バスケットの中身を用意したのは母であることを祖母も分かっている。その上で愚痴をこぼすことがあるのならば、少女は言ってやる。
「その花は私が選んだのよ」
と、少女はデジャヴを見たような心地に取り付かれる。
この風景はどこかで一度見たような覚えがある。けれどもそれがどこで経験したものなのか記憶になかった。記憶と言うものは不確かなもので、感じたデジャヴも「そういう気がする」と、漠然としか捉えることができなかった。
「ありがとうね」
祖母は礼を言った。
そもそも、体の調子がすぐれない祖母に対して、フランスパンとワインで見舞うにはいささか無理がある。少女はフランスパンをミルクに浸し、祖母が食べやすいようにしてやる。ペットボトルのミネラルウォーターを使い、ワインを水割りにしておく。冷やして飲めるよう、型に水を入れて、新しい氷を作っておく。