小説

『デジャヴ殺人事件』aoto(『赤ずきん』)

 バスケットの中身を用意したのは母だった。祖母もそれを分かっている。その上でもしも愚痴をこぼすなら、少女は「その花は私が選んだのよ」と言ってやるつもりだった。
「お花を活けてくれてありがとうね」
 祖母は言った。
 母と祖母の二人にはどのような言葉が足りないのだろう。少女は考えてみる。母も祖母も相手がただ憎くて、避けあっているのではない。母が祖母に対して抱いている、姑への敬愛の念を少女は知っている。だからこそ、少女をお見舞いにいかせているのだ。祖母も母の抱いている思いに全く気づいていないわけではない。文句は言うものの、母の用意したフランスパンをミルクにつけてゆっくり口に運ぶのである。
 古い花を庭に捨てに行った後、少女は部屋で倒れている祖母の姿を見た。駆け寄って声をかけてみるが、返事はない。動転しそうな心地を抑え、少女は携帯電話を使って母に連絡をした。母の指示に従い、少女は病院に連絡を入れる。やがて、別荘に医師と母がやってくる。祖母の死因は毒であると医師が診断してから、様相は不思議な展開を迎えていく。遅れてやってきた刑事は現場検証を行い、花瓶の中の水から毒が検出されたと発表をした。それはおかしなことだった。
花瓶の中の毒が原因なら、祖母は花瓶の中の水を飲んだということになる。そもそも、いつ、花瓶の水に毒が入ったのだろうか。少女は古い水を捨て、新しい水に換えている。
 少女は横たわったまま動かなくなった祖母を見た。ついさっきまで祖母は憎まれ口を叩いていた。茶色の髪、大きな目、大きな鼻、大きくてしわくちゃの手。その手は少女の頭をなでてくれるあたたかい手だった。少女には祖母が少しばかり眠っているだけのようにも見えた。
 しばらくすると、急に現実感が伴ってきて、深い悲しみが少女を襲った。もう祖母に会うことはできないのだ。それも、少女が目を離した隙に祖母はいなくなってしまった。眩暈を覚えた少女は、まもなくしてその場に倒れこんでしまう。

 
2 ワイン

 
 少女は狩井沢にある別荘へ向かった。別荘には少女の祖母が暮らしている。
 少女の住む那賀乃の市内から狩井沢までの距離は、少女にとって慣れた道筋だった。お見舞いに向かうに辺り、少女は母からバスケットを手渡されていた。バスケットの中身はワインと花束、それからフランスパンだった。
「大切に持っていくのよ」
 と、いつも以上に念入りな約束をさせられた。私だって子供ではない、と少女は憤慨する。お花を萎れさせてしまったり、ワインの瓶を割ってしまったり、フランスパンを汚してしまったりするまねなんてしない。花束は時間ごとに水につけるようにしているし、ワインの瓶は新聞紙やダンボールで包んだ。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10