小説

『こぶとり坊や』酒井仐(『こぶとり爺さん』)

 坊やは一本の太い枝に腰掛ける。さすがにちょっと疲れたみたい。手がついたクラゲみたいのが坊やの頭を触ったり、四角い顔のトカゲみたいのが坊やの手を舐めたり、顔が柔らかそうなキツネみたいのが坊やの膝に乗ったりする。坊やはそのうちウトウトして眠ってしまう。おやすみ坊や。

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「がお、がお、そうじゃ、そうじゃ、よいさ〜、ようさ〜」
 坊やが目を覚ますと辺りはすっかり真っ暗。大杉の下の方から、野太い大きな声と太鼓を叩くような音が聞こえる。するすると大杉から降りていく。炎が燃えてるみたいで下の方は明るい。見上げると変な生き物たちも坊やにくっついて降りてくる。
 下まで降りて坊やはびっくりする。3匹の鬼がいる。絵本で見たとおりの鬼だ。3mぐらいある大きな体。赤や青や緑の体。そして角が1本やら2本やら頭から生えてる。炎を囲んで鬼たちは楽しそうに踊っている。緑の鬼が太鼓を叩いて、赤と青の鬼が、よいさほいさと音頭をとる。
 坊やは体がムズムズする。だって坊やは踊りと歌が大好きだから。村の祭りではいっつも踊ってるし歌ってる。坊やはひとつ手をパチンと叩く。鬼たちがいっせいに坊やを見る。楽しそうにしていた鬼の顔が一瞬で怖い鬼の顔になる。坊やは気にせず、えいやと足を上げて地面を蹴って、くるくる回りながら歌う。手をひらひら泳がせながら、飛び上がって空中でパチンと足を叩く。鬼たちの顔は怖い顔からきょとんとした顔になって、次にはにっこりと笑った。緑の鬼が太鼓を叩きだせば、それに合わせて赤い鬼の手を取り踊り、青い鬼の足に巻きついてくるりと回転する。そのうち変な生き物たちもゾロゾロとやってきて、めいめい鳴いたり踊ったり走ったり。坊やは炎を背にして、充分に歌う。鬼たちもどしどし踊り、一大音楽会だ。
「なぁ、こんな楽じいごどあるが」「おでは感動したぞ」「うんだぞ、うんだぞ」鬼たちは嬉しそうに坊やの頭をちょこんとなでる。
「おめえ、明日も来い」赤い鬼が言う。「絶対来い」青い鬼が言う。「それまでこれは預かっとくでな」緑の鬼がそう言いながら、坊やの左の肩のこぶを掴んで「ほいさ」と取った。全然痛くなかった。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 気がつくと坊やは自分の部屋の布団の中にいた。左肩のこぶはすっかりなくなっている。坊やは飛び起きて、そのまま隣の家に駆け込んだ。
「見ろ。見ろ。オレの肩にこぶがねえ。すげえだろ。こぶこぶ、ねえ、ねえ」

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