小説

『こぶとり坊や』酒井仐(『こぶとり爺さん』)

 隣の家の坊やはまだ布団の中にいて、目をこすりながら坊やの肩を見る。
「ないね。いいね」
 そう言って布団から出る。隣の家の坊やの右膝には大きくて柔らかそうなこぶがついている。
「なあ、おまえも取ってもらえよ。ほいさって簡単に取ってくれんだ。それに全然痛くないんだ。痛くない。痛くない」
 坊やは昨夜の山であった不思議な体験を猛烈な勢いで隣の家の坊やに喋る。
「なっ、すげえだろ。おまえも行けよ。こぶ取ってもらえよ」
「僕には、、、、無理だよ」
「なんでだ。なんでなんでだ」
「僕、踊ったことも歌ったこともないもの」
「大丈夫だって、だって」
「それに恥ずかしいよ。誰かの前で踊るなんて」
「う〜ん」そこで坊やは考え込んで手をパチンと叩く。
「よし!オレも一緒に行く。鬼とも明日行くって約束してるし。な、決定だ。だ、だ、だ」
「どうしよ〜。僕ちょっとこわいよ」
「大丈夫だって、んじゃ昼飯食べたらまた来るから。くるくるから」
「ううううう」

◆◆◆◆◆◆◆◆

「遅いぞ〜。ほれ、くるくる〜。ぱっぱっぱ」
 坊やが踊りながら隣の家の坊やに声をかける。
「元気だな〜」隣の家の坊やは息を切らせながら、空を見上げる。山の中から見た空は緑と青のまだら模様。
「山には力があんだ。それをもらえば疲れないんだ。ほら、手を広げて力をもらえ。こうやって、こう、こう」坊やは手を広げる。
「こう?」隣の家の坊やも手を広げる。
「そう、そうやると、くるくる、きたきた、ほらきた、ち〜か〜ら〜こぶ!」
「う〜ん、くる?きてるのかな〜。僕にもくるかな〜」その時、風がやさしく吹いて、隣の家の坊やを包んだ。
「なっ?」
「うん、なんか力きた」

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