「貴方の描いた雀には、止まり木がありました。この小鈴にも、止まり木となるものが必要なのです」
止まり木、と聞いて、鞄にしまった絵の構図を思い出した。確かに雀が羽を休めるための止まり木も書いた。そういう物を用意しておかないと、抜け出したまま絵に戻らないのだ。
うっかり、彼女……小鈴さんが同じ木に止まっているシュールな姿を想像してしまった。もちろんそういう意味ではないのだろうが。
「明日、絵の裏を見てください。そうすれば分かります」
俺は彼女に何かを尋ねようとした。貴女を描いたのは誰なのか、いつから美術室にいたのか、貴女の止まり木とは何なのか……だがそれらの質問を脳内でまとめる前に、小鈴さんは『お願いします』の言葉と共に深々とお辞儀をした。
街灯の明かりに溶けるようにして、彼女はすっと消えてしまった。
*
次の日、朝一番で美術室の倉庫へ行くと、小鈴さんはキャンパスの中にいた。絵の裏側を調べて見つけたのは、額縁の隙間に挟まった、一枚の白黒写真だった。
大分古い物のようで、写っているのは制服姿の男だ。歳は俺と同じくらいだが、着ている制服は学校の物ではない。詰襟に大きなボタンが七つ、制帽も被っている。学ランに見えなくもないが、どちらかというと軍服に近い気がした。
「こりゃ予科練の服だな」
軍事マニアの友人はそう鑑定した。予科練という言葉は何かの番組で聞いた記憶がある。簡単に言えば、軍隊のパイロット養成機関の一つだ。友人曰く、予科練出身者は多くが最前線で戦い、卒業生の九割が戦死したクラスもあったという。
「日本が負けてきた頃にはまともな訓練もできなくなって、基地の整備とか、土木工事ばっかりやらされたらしいぜ」
写真の裏を見て付け加える。『昭和二十年 青野辰雄』の文字が、掠れたインクで書かれていた。
その日、小鈴さんをこっそりと家へ持ち帰った。紙に余白は十分ある。彼女の姿と、隅のサイン以外に何も描かれていない。
この青野という人はこの学校にいたのか、それとも何かの縁で絵と写真が引き取られたのか、今となっては分からない。彼がどんな思いで、この女の子の絵を描いたのかも、小鈴さんが彼にとって何だったのかも分からない。ただ一つ、俺がやるべきことは分かった。青野さんと同じ力を持つ俺が、『二人』のためにできることは。
「絵の中に一人でいるのは、そりゃ寂しいよな」