そんな俺に、逃げ場など与えないように、『あおい』が問いかける。
「アイスクリームを守るために、恋人のもとを去った彼女の行動は、正しかった? それとも、間違っていた?」
俺は急に不安に駆られた。と同時に、自分が今いる状況が急に理解できなくなった。
俺は何でここに来たんだっけ……。あの青い封筒に入っていた可笑しな手紙のせいだ。『あおい』は俺の彼女のことを知っていたのだろうか。知っていて、ここに呼んだとしか思えない。一体、『あおい』は何者なんだ。
マネキン人形の“彼”との思い出を語る彼女。
そして、彼女が守りたかったという“アイスクリーム”。
尽きない疑問で頭の中はひしめきあい、何とか彼女の話を整理しようとする俺の思考を、ことごとく崩していった。
けれど俺は、言うべき言葉が何か、もうわかっていた。
言いたくなかった。言ってしまったら、もう二度と彼女に会えなくなるとわかっていた。
しかしどうにも苦しくなって、俺は声を絞り出すように答えた。
「間違っていない。君は、間違って、いなかった」
彼女は黒目がちな瞳を大きく見開いて、俺を見た。
「俺は、ただ君が大事だった。俺は君のために、何もかもを尽くしてきた。でもそれが、いけなかったんだ。君は、間違ってなんかいないよ」
俺は深々と頭を下げ、「ごめん」と呟いた。
すると、『あおい』が猫のようにぐるぐると唸り声を上げ、俺の回答を讃えるように拍手した。
彼女はホッとした表情を見せ、目の前のマネキン人形を睨みつけると、その体をドン、と両手で思い切り突いた。
「あっ」
俺が声を上げたと同時に、マネキン人形は川にボチャンと落ちた。
“彼”は、二度と水面に上がってくることはなかった。
彼女を乗せたボートが、霧の向こうへ消えていく。
呆然としている俺の手を、『あおい』がそっと握った。
『あおい』の手は、人肌とは思えないほど、ひんやりと冷たかった。
「彼女の悩みごとは本当に厄介で、困っていたの。ありがとう」
『あおい』が俺に礼を言った。