彼女はマネキン人形を見つめ、そして涙ぐんだ。
『あおい』はそれを、にやにやとした顔で見つめている。
彼女は続ける。
「順調でした。私たちの歯車は、ゆっくりと穏やかに回り始め、やがて生活に根が生えました。根が生えたということは、あとは水をやるだけです。どうか芽が出るようにと、私は新しい家を借りました。二人で住めるように大きな部屋を借りたかったんですが、あえて小さな部屋にしました。小さな部屋のほうが、彼の近くにいられると思ったんです。……嬉しかった。こんなに狭いところで、自分以外の誰かと、本当にくだらない、何のためにもならないような素晴らしく無為な時間を過ごせるということが」
『あおい』は彼女の話を理解しているようで、頷きながら聞いている。
彼女は続ける。
「私は、アイスクリームだけは絶やしませんでした。どんなに彼が近しい存在になったとしても、私は、自分のアイスクリームだけは死守しました」
『あおい』が深く頷く。彼女は続ける。
「けれど彼と過ごすうち、そのアイスクリームがどんどん溶けていくのを感じました。なぜ溶けてしまうのか、最初はわかりませんでした。けれど、気付いてしまったんです。彼が、私のアイスクリームを溶かそうとしていることに。私が大事に守り続けてきたアイスクリームを、誰よりも近くにいた彼が……。そのことに気付いた時、これはもう耐えられない、とてもとても、続けられない。そう思いました。けれど、彼はそれでも私のアイスクリームを溶かし続けました。私は彼を、アイスクリームを奪おうとする彼を、こうなってしまっては、もう愛せません。愛は、心を偽ることを全力で拒否します。だから私は出かけました。アイスクリームが溶けることのない世界へ。アイスクリームだけは、絶対に守らないといけないんです」
涙まじりに必死で語る彼女の話を、俺も必死で理解しようと努めたが、もうまるでついていけなかった。
彼女は甘い物が嫌いだった。バイト先でも、アイスクリームを食べている姿は一度も見たことがない。
アイスクリームって、一体何だ?
彼女が話している言葉を、俺はもう理解できなかった。
しかしそんな俺とは裏腹に、『あおい』は彼女の言葉をすべて理解したようで、彼女に微笑みを向けた。
「よくわかりました。それでは、あなたの行動が正しかったのか、それとも間違っていたのか、それを今から、この方に判断していただきます。よろしいですね?」
彼女は頷き、すがるような目で俺を見てきた。
困惑した俺は、彼女から目を逸らし、うつむいた。