小説

『ブルーレター』吉原れい(『どんぐりと山猫』)

 はじめは信じられなかった。周りの客も、なぜか誰一人気付いていないようだった。錯覚かとも思ったが、それは毎日起こった。
 俺は、『あおい』から目が離せなくなった。向こうも視線に気付いたのか、時折こちらを見るようになった。
 ただ、『あおい』を見ていられるだけで良かった。けれど、『あおい』からの手紙を読んだ途端、俺は訳もわからず『あおい』に会いたくなった。『あおい』と話したくなった。不安や恐怖はまったくなかった。

 手紙の地図を頼りに歩いて随分経った。しかし、坂道の中程にあるはずの曲り角が一向に見えてこない。地図によれば、その曲り角を曲がらなければ目的地の公園まで辿り着けない。
 坂の頂上には陽炎が立ち昇り、景色がぐらぐら揺れて見えた。
 急に心許なくなった俺は、通りすがりの、リンゴを持った男の子に道を尋ねた。
「曲り角ならもっと上のほうだよ」
 男の子は答えた。
 俺は男の子に礼を言い、汗を流しながら、急勾配な坂道を再び上っていく。
 ふと顔を上げると、あと少しだったはずの坂の頂上が、先ほどよりも遠のいているように見えた。
 不思議に思ったが、陽炎のせいで距離感を上手くつかめていなかっただけかもしれない。とにかく『あおい』に会いたい一心で、俺は坂を上り続けた。しかし、上っても上っても、曲り角は見えてこなかった。
 今度は、羊のぬいぐるみを持った女の子が坂を下ってきた。
「案内してあげる」
 困っている俺を見かねた女の子はそう言うと、坂を上り始めた。
 女の子の後ろを歩きながら、坂の頂上を見上げた俺は、また目を疑った。頂上が先ほどよりも遥か遠くにあったのだ。今度は気のせいというレベルではなかった。上れば上るほど、頂上が遠ざかっているかのようだった。
 言葉を失っている俺に、女の子が「ここだよ」と言って立ち止まった。
 見ると、確かにそこに曲がり角があった。やけに細長く、薄暗い路地だった。女の子に礼を言い、俺はその路地を進んだ。

 永遠に続くかに思えた坂道から離れられた嬉しさと、日陰ばかりの路地の涼しさに、俺の気持ちは一気に軽くなった。快調だった。
 進めば進むほど、なぜか道幅は狭まり、人ひとりがぎりぎり通れるくらいの狭さになったが、俺は迷うことなく、弾むように歩き続けた。

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