小説

『金の缶、サイダーの缶』笹田元町(『金の斧、銀の斧』)

 僕のリュックに偶然入っていたスポーツタオルでみさこちゃんはある程度の水分をぬぐうことができた。ぺっとりと体に貼り付いたTシャツに透けるキャミソールや半乾きの髪を何も言い出せず眺めていると、「自転車で走ったらもうちょっと乾く」とみさこちゃんが口を開いた。
 僕はみさこちゃんを後ろに乗せ、公園の外周を二周思いっきり飛ばした。それから二十分ほどかけてみさこちゃんの家まで送り届けた。「また遊びに行こう」とマンションの下でまた柔らかくみさこちゃんが笑うから、僕はそこでも「はじまり」を感じていた。

2016年7月31日(日)
 噴水広場にはいつの間にか人工の浅い小川ができていて、子ども達の格好の水遊び場になっている。下着姿でぴちぴちちゃぷちゃとはしゃぐ子ども達の中に二歳になったばかりの娘がいて、小川の脇に妻の恵理がいて、その光景を「9時」に腰掛けた僕はペットボトルの炭酸水を飲みながら見つめていた。   みさこちゃんとはあれからもメールのやり取りを続けたけれど次第にその間隔は大きくなって、結局二人で遊びに行ったのはあれが最初で最後だった。みさこちゃんのずぶ濡れじゃない手を握ることはできなかった。高校を卒業してから一月ほど経った頃告白して、フラれた。うまくいく場合分けなんて全然していなくて、確率はゼロだと分かっていて、それはいつまでも続くような気を捨てきれない時間にけじめを付ける儀式のようなものだった。
 恵理に手を引かれて僕の方へ歩いてきたびしょ濡れの娘に、嬉しそうに笑うその顔に、みさこちゃんが重なった。どうにかしたら、みさこちゃんとの時間をいつまでも続けることはできたのだろうか。
 例えば「僕が落としたのはただのサイダーの缶です」と答えたなら、何かが変わっただろうか。 

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