小説

『金の缶、サイダーの缶』笹田元町(『金の斧、銀の斧』)

 「告白」なんかをするならばそのときだったと今なら思えるけれど、僕はそんな気をまったく持っていなかった。何度でもまたそんなタイミングは訪れるような気がしたし、みさこちゃんとの時間はいつまでも続く気がしていた。サイダーを飲んではたわいない話を続けて、みさこちゃんもとても楽しそうだった。サイダーの最後のひと口をすすりながら噴水のへりに立ち上がり、お城を眺めてからみさこちゃんを見下ろすと、僕を見上げる柔らかくて優しい表情が、「はじまり」とか「永遠」みたいな言葉を投げかけてきた。
 それからみさこちゃんもすすり終えた缶を脇に置いて立ち上がり、僕達は噴水のへりを歩き出した。するとみさこちゃんは噴水の円を時計に見立て、一日を振り返るように話し出した。
 「今日は9時に起きて、
犬の散歩してから昼まで地理と英語の勉強して、
12時過ぎに昼ご飯食べて、
それから数Aやろうと思ったけどあんまりできひんかって、
15時に待ち合わせた」
 ここまでで噴水を半周。
 「ほんで映画観てー、
  ご飯食べてー、
  なんでか今ここにおる」
 二周目に突入している。
 「帰ってからは数Aの続きして、
  12時には寝てしまうかな」
 そこで駆け足になって、「今日はよく眠れるわー」と二周目を終えた。みさこちゃんを追いかけて「9時」のスタート地点に戻った僕は、みさこちゃんが置いていた缶を蹴飛ばしてしまった。缶はカンカンとへりをしばらく転がってからみさこちゃんを追い越し、噴水の水たまりへ落ちようとした。まったくの無意識、反射だと思うけれど、みさこちゃんは缶を掴もうと身をかがめ、手を伸ばした。その瞬間、ふらっとバランスを崩すと、缶と一緒に水たまりへ落ち込んでしまった。
 しぶきが収まった後に現れたのは水たまりにうずくまるみさこちゃんで、僕はその姿を呆然と見つめた。差し出した手をみさこちゃんは掴んで立ち上がり、うつむいたままの顔を二、三度震わせてから僕を見つめて、じっと五秒は見つめてから、「お前が落としたのはこの金の缶か」と尋ねてきた。訳の分からぬまま「はい、この金の缶です」とか答えるとみさこちゃんはうっすら微笑んで、「うそつき」とまた顔を震わせた。

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